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(story.6)ようこそ

テルは生唾を飲んだ。灰色の空の下、荒れた道路をまっすぐ進んで近づいてくる鉄の塊を、拳銃片手に睨めつける。

トラックは長く大きなキャタピラで砂を巻き上げながら、唸りを上げてテルの元へ走った。

やがて目の前に迫ったトラックのフロントグリルに、テルは数歩たじろいだ。
トラックは猛々しかった。片方のライトは割れており、バンパーは剥がれて中身がむき出しになっている。フロントガラスを見上げると、マジックミラーになっていて車内は見えない。
テルは拳銃を握りしめ、耳を澄ませた。気をつけると、機械音の中に何かの声が混じっているのがわかる。

「誰だ……!?」

テルは拳銃をフロントガラスに向けた。すると、隣のカーネルがすぐさまそれを制した。

「助けてくれたんだ。敵ではなさそうだ」

テルは渋々、銃をおろした。

やがて、荒れた道路に一陣の風が吹いたかと思うと、トラックのドアに備え付けられたスピーカーから雑音混じりの声が流れた。

《……お主たちは何者だ?どこから来た?》

老人の声だ。警戒するような声色に、しわがれた響きがある。
丘の上の者たちは騒めいた。ついに遭遇した「人」とおぼしきものに、緊張が高まる。
カーネルは唸るテルを退かせながら、声の主に話しかけた。

「我々は地下からやってきました。先ほどは助けていただき感謝します。あなた方は……?」


トラックの中の者たちは、影が差す互いの顔を見合わせた。
助手席の老人が、小声で運転席の男に訊く。

「どうする金歯……連れていくか?」

男はしばらく考えた。荒れた爪で自身の金歯を引っ掻きながらうなずく。その顔には、巨大な傷跡が頬から眉間にかけて刻まれていた。

「私は構わない。労働力が増えれば、ストロガノフ市長もお喜びになることだろうさ……」

金歯の男はどこか思慮深げに言い、口角を釣り上げた。


砂利だらけのドア窓が引っ込む音で、テルの心臓は高鳴った。
カーネルさえ、無抵抗を装いつつも、コートの中に手を入れる。
やがて運転席の窓から顔を出した男に、テルは一瞬ギョッとした。

「地底人か?」

金歯の男はカーネルに尋ねた。男の年の頃はカーネルと同じ40代後半くらいで、かけていたゴーグルを外しテルとカーネルをよく見ている。

「ひ、人……ッ!?」

テルはたまらず素っ頓狂な声を上げた。すると男はニュッと笑った。上顎に差し込まれた一本の金歯がキラリと光る。

「べつに怪しい者じゃない。ただ、あなた方が望むなら、この危険地帯から安全な場所へご案内しようってんだ。どうだい?」

テルはカーネルの顔を見た。

すると、コンテナの扉が音を立てて開き、トラックのうしろから一人の兵士が現れた。ボロ衣を着た金歯の男とは違い、兵士は洗濯された迷彩服と防弾ベストを着ている。
兵士はカーネルに歩み寄った。その手には、整備されたサブマシンガンがあった。兵士は一瞬、丘の上の群がる者たちをちらと見ると、どこか威圧するようにカーネルに言った。

「率直に言おう。この一帯は危険だ。もしよければ、我々の街にくる気はないか?」

カーネルの目が尖った。
テルは瞳孔を見開き、兵士に訊いた。

「街⁉︎……他にも人がいるのか⁉︎」

兵士は小さくうなずいた。
テルは胸の底から湧き上がる興奮を抑えられなかった。地上には少なからざる人がいる。その事実だけで地に足がつかない思いだった。

「親父……!」

テルは安堵してカーネルを見た。
しかし、カーネルの心中はテルとは違った。警戒するような目で兵士たちを見ている。いくら助けられたとはいえ、完全に信用できたわけでもない。下手をすれば、何か狙いがあって近づいてきたのかもしれない。そんなカーネルの心境が、テルにはありありと伝わってきた。

「親父。このままここに残るより、人がいる所へ行った方が絶対安全だって」

「わかってる。俺も、あてもなく荒野をさまよう気はない」

カーネルは背後の丘の上を一瞥した。レフをはじめ、地下の者たちが緊張した面持ちでカーネルの方を見ている。中には早々に地下へ引き返す者も何人かいた。

「俺は行こう。だが彼らがどうするかは別だ」



キャタピラートラックは、同行を志願した数名をコンテナに詰め、荒野を疾走していた。
テルはコンテナの奥に腰掛け、老人に色々と話を聞いていた。先ほどまで操縦室にいた老人だ。
コンテナの中は暗く、一切の光が差し込まない。老人や運転席の金歯の男のようにボロ衣を着た者たちが数名、疲れ果てたように壁にもたれかかっている。他には、武装した兵士が五人ほど同乗していた。気だるそうにあくびをし、なかには眠っている者もいる。

「あぁ、地上には人間がたくさんいるとも」

老人がテルに言った。
テルは思わず声が弾んだ。

「本当か……⁉︎」

老人はヤギのような白ひげをいじりながら、ボソボソと語った。

「ここからしばらく行った所に街がある。この一帯、『ヴォストーク区』の人間が一挙に暮らす重要拠点だ。まぁここは辺境の地だが、それなりに大きな街さ」

それを聞いてテルは安心した。やはり地上で暮らすことは可能なのだ。それどころかこの目の前に広がる乾いた大地も、遠くに見える山々も、「ヴォストーク区」という地上のほんの一部の地域に過ぎないらしい。
外の世界というのは、テルが思い描いていたよりずっと広いようだった。

「そうか……」

新生活に胸を馳せるテルとは対照的に、他の地下の民は緊急した面持ちだった。

無理もなかった。地上に出た直後、新世界の光景の衝撃と怪物に襲われる恐怖を同時に味わったのだ。大半の者が新しい世界に順応できていなかった。それでも彼らがトラックに乗ることを決断したのは、地下にはもう未来がないことを理解していたからだ。

多くの者たちは地下に帰ろうとしたが、どちらにせよ、トラックに地下の民全員を乗せるのは不可能だった。なので、まずは乗車を決断した者たちを乗せて街へ向かい、カラになったトラックで再びIGに戻る。トラックが往復するまでに残った者たちはどうするか決断し、それでも乗らない者は置いていく手筈になった。


コンテナには窓がついており、テルが窓を開けると日が差し込んだ。テルは窓から顔を出し、外の景色を眺めた。鳥が数羽、トラックの上を並行して飛んでいる。先の怪鳥とは違い、ちゃんとした一つ首の鳥だった。

地下を出た時に見た荒涼とした景色は、周囲を岩山に囲まれた景色に変わっていた。トラックは相変わらず荒れた道路の上を走っており、道路の両脇にゴツゴツした岩山がそびえている。

「……!」

その時、テルの目に一瞬妙なものが映った。

「立ち入り禁止」の看板である。

右手の岩山にはフェンスがかけられており、看板が建てられた箇所には南京錠のかかった扉があった。扉の向こうには、岩山と岩山の割れ目のような細い道が見える。
テルはさっと窓から顔を乗り出した。しかし、その場所はとうに遠ざかっていた。


トラックはやがて、道路を挟んでいた岩山を抜けた。すると目の前に再び荒地が広がった。

「おぉ……!」

テルは感嘆した。乾いた肌寒い風が頬を撫でる。トラックはゆるい下り坂に差し掛かっており、向かう先を一望できた。

遠くまで伸びる一本道の先には、廃墟のビル郡が見えた。その乱立するビル郡の中に、ひときわ巨大なドームが突き出ている。しかし、テルの目を引いたのは、そのドームの先にあるものだった。
テルは幼い頃読んだ本、『地上伝説』の一節を思い出した。

〝地上のほとんどは海と呼ばれる巨大な水溜まりに覆われている。人間を含む地上の生き物は全てこの海から誕生した〟

「あれが……『海』?」

廃墟の向こうには、地平線の彼方まで続く海が広がっていた。雲のせいで満足に日が差さない海はひたすら黒く、その広大さと相まって底知れない不気味さを感じさせる。

「……ん?」

テルは目を見張った。
見たこともない鉄の塊が、海の彼方からこちらに向かって飛んでくる。鳥ではない。何かの機械だ。テルは再び本の内容を思い出した。

(あれはたしか……『ヘリ』だったか?)

ヘリコプターは潮風が混じったジメっとする空気をプロペラで切り裂き、猛スピードで近づいてくる。どうも様子がおかしい。

テルは窓から身を乗り出した。ヘリは時折休もうとするプロペラをなんとか回し、フラフラと蛇行飛行している。やがてトラックとは反対方向へ飛んでいき、見えなくなった。


テルは突然、背後から服を引っ張られた。振り返ると、そこには武器を携えた男がいた。元々このトラックに乗っていた者だ。

「なにしてる!誰が開けていいと言った⁉︎」

男は急いで窓を閉めた。陽の光が遮断され、コンテナ内は再び暗くなる。

「なんだよ。いいだろ外見るくらい」

「もうすぐ放射能の濃いエリアに入る。自殺願望があるなら窓を開けておくんだな」

テルは目を丸くした。

「放射能⁉︎もう街は目の前じゃないか!街は汚染されたような場所にあるのか⁉︎」

「そういう場所の方がかえって安全なんだよ」

男は鼻を鳴らして目を閉じた。
トラックは開けた遠くに見えていた廃墟郡に入っていった。


しばらくすると、トラックは巨大な建造物の前で停車した。ドームだ。トラックの前方には巨大な壁がそびえ立ち、上には遠くから見えたドームの屋根が見える。

レンガの壁に設けられた大扉が招き入れるように開いた。
トラックは大扉をくぐるとすぐに停車した。

「着いたぞ」

運転席から金歯の男が飛び降りた。コンテナの扉を開け、テルたちを解き放つ。

テルはコンテナを降り、辺りを見回した。頭上と左右は壁に囲まれており、大扉はすでに閉ざされていた。奥からは光が差している。その先は逆光でよく見えない。テルたちはゆっくりと歩を進め、その光の中に入っていった。



雑踏が一同を包んだ。目の前には生活感あふれる街並みと、そこに息づく人々がいた。

「ようこそ、ドームの街『ヴラジ』へ」

テルの傍で、金歯の男が言った。
街はドームの天井と厚いレンガの壁に囲まれており、外の光景を完全にシャットアウトしている。
壁内には店や住宅が点在していた。バラック住宅や露店もあれば、この建物に元々あったであろう部屋や管制塔を流用したような店もあった。
大勢の人々が行き来している。

「ここが地上の街……」

テルは感激して呟いた。
自分はこれからこんな世界で生きてゆくのだ。もう地下のように、朝早くに起きて学校でやる意味のわからない授業を何時間も受けたり、決められた職業に就いて一生をそれに費やしたりと、何から何まで管理された生活を送らずに済むと思うと胸が弾んだ。
自分は本当に自由になったのだと思えた。


街を歩いていた女がギョッとテルを見た。

「テル、お前はまずその服をどうにかした方がいいな」

カーネルが言った。
テルの服は地下の戦いで浴びた返り血が付着したままだった。
カーネルは手に持っていたダッフルバッグを開けた。「星の旗」が入っていたカバンだ。

「おっ、いいのがあったぞ」

カーネルはどこか嬉しそうに、カバンから一式の服を取り出した。
服というよりレザーコートと言うべきだろうか。袖はわずかしかなく、下腹部を覆うグレーとその上の白。白とグレーの間を通る赤いラインが特徴的だ。
そして何より、背中にはあの「星のマーク」があしらってあった。
他にも、このコートに合わせて作られたであろう防弾着とズボンがある。

「なんだこの変な服は……」

テルは「星のマーク」を細目で見た。

「お前、服装なんか気にしないタチだろう。悪いがそれしか持っていない」

カーネルは微笑しながら言った。
テルがしぶしぶそれに着替えた時、カーネルはどこか満足げだった。


テルとカーネルは街を闊歩した。後続の者たちが街に着くまで、先に来た50人で出来る限り地上の情報を集めようということになったのだ。

街は活気に満ちていた。テルは酒場に向かう道中、色々な人々を見た。
露店で美味しそうに朝食をとる老人、何かの本を読みふける若者、雑談する女たち、走り回る子どもたち、いずれも皆楽しそうだった。
テルは感嘆した。

「まるで楽園じゃないか……IGとは大違いだ」

「どうだかな」

カーネルはいつもの仏頂面で言った。

「どうだかなって……暮らしやすそうな街じゃないか」

「暮らしやすいってことは、その分誰かが苦労してるってことだ。食事だって勝手に運ばれてくるわけじゃない」

「地上に来てまで説教するなよ。よそ者のおれたちには関係ないさ。誰が苦労しようと」

テルは不機嫌に答えた。


酒場は朝から賑わっていた。
カーネルはカウンターの奥でコップを磨く店主の前に、大きな皮袋を置いた。袋には大量の紙幣が入っていた。地下から持てるだけ持ってきたものだ。

「これと200人分の食料を交換してほしい」

店主は袋を開け、紙幣を不思議そうに摘んだ。

「お客さん、こりゃあ何です?こんなんじゃ『対価』になりませんよ」

「これでも足りないか?お前さんちとぼったくり過ぎじゃ……」

カーネルは口を閉じた。何かを思い出し無精髭を擦る。

「そうか……カネは使えないんだったな」

「お客さん、もしかして地下から来たっていう人たちかい?さっき聞いたよ」

店主は物珍しそうに袋を漁りながら言った。

「地上での売買は物々交換が主流さ。まずお客が『対価』を提示し、店側が許した範囲の品と取り換えるんだ。まぁ、この街だと別の方法もあるが……なんにせよ、こんな紙と鉄くずじゃとても交換はできないな」

硬貨をつまみながら店主は続けた。

「200人分もの食料となると……『対価』は大量のガソリンか高級な武器なんかじゃないと。お客さん、それに見合う品を持ってるかい?」

カーネルは一瞬、手元のダッフルバッグに目を落としたが、すぐに返答した。

「いや、今はない」

「そうかい」

店主はわざとらしくがっくりとした。そして、カーネルに小声で質問した。

「それよりお客さん、外はどうだった?」

カーネルは目を細めた。

「外?」

「この街の外側さ!鳥はいたかい?銃さえあれば狩れそうな小動物なんかは?」

店主は目を輝かせた。
カーネルは答えた。

「この街にはトラックで来たんだが、ドームが見えたあたりで窓を閉められてな。外の様子はわからなかった。ここから離れたところでかなりデカいクリーチャーと遭遇はしたが、銃でお手軽に狩れるようなやつじゃなかったよ」

「……そうかい」

店主はすっかり落胆し、消え入りそうな声で言った。
カーネルは不思議に思った。

「そんなに気になるなら見に行けばいいだろ」

「それができたら苦労はしないさ。俺にできるのは、この酒場と宿泊所を行ったり来たりすることくらいだよ。つまんない毎日さ」

店主はカウンターに置かれていたウォッカ瓶を煽った。
カーネルは眉を寄せた。この街の住人が、この街の近くに何が生息しているか知らないなんて奇妙な話だった。

「……外に出たことがないのか?」

「あぁそうだよ。生まれてこのかた一度も……」

店主は突然口をつぐんだ。
騒がしかった酒場が静まりかえり、全員が店の入り口に目を向ける。
カーネルは入り口に目を向けた。するとそこには、一人の男が立っていた。丸メガネをかけた30代後半の大柄な男で、小綺麗な白いスーツを着ている。屈強そうな男を4人連れていた。

「あなたが地下から来た方々の代表ですね?探しました」

そう言って男はカーネルに歩み寄った。
男はカウンターに腰を下ろすと、腰のポケットから鉄のプレートを二枚取り出した。

「ウォッカを、こちらの方にも」

店主は恐る恐るプレートを受け取ると、棚からウォッカの瓶を取り出した。二つのコップに注ぎ、それぞれを男とカーネルに渡す。
周りの者たちは黙りこくったままだ。

「あ……諸君、気を使わなくても結構。引き続き楽しんでほしい」

男は笑顔で言ったが、かしこまって誰も喋らない。

「あの、失礼ですがあなたは?」

カーネルが男に尋ねた。
男は丸メガネを自然な仕草で上げた。

「僕は、この街の市長 ドミトリー・ストロガノフです。今日は街に珍しい方々がいらっしゃったと聞き、伺った次第です」

ストロガノフと名乗る男はカーネルに手を差し出した。

「えー……あー、私はアーウィングです」

カーネルもそれに応じ握手した。
ストロガノフは早速話題を切り出した。

「後続の方々が到着されたら、一度この街の入り口に全員を集めていただきたい。我々はあなた方を歓迎しますが、このヴラジで過ごされるなら知っておいていただきたいルールがいくつかあります」

ストロガノフはポケットから鉄のプレートを取り出し、カーネルの前にかざした。

「これはこの街で流通している、いわば引換券のようなものです。例えばウォッカ一杯ならプレート1枚、1日仕事を休む権利なら100枚と、サービスが高級なものであるほど多くの枚数が必要になります。我々はこれを『プレート制』と呼んでいます」

「……そのプレートの入手方法は?」

カーネルは訊いた。
ストロガノフはその言葉を待っていたと言わんばかりに答えた。

「この街の労働施設で1日働くことで、一人当たり20枚得られます。一応、街では物々交換も認められていますが、しばらく滞在されるおつもりでしたら、働いて稼いだプレートで生活した方がよいでしょう。なんせこの区域は物価が高く……」


「なんでそんなことする必要あるんだ?」


テルが不可解な顔をして尋ねた。
ストロガノフは丸メガネの奥の、どこか鋭い目をテルに向けた。

「……『そんなこと』?」

「食料なら狩りをすれば手に入るじゃないか。なんで働く必要があるんだ」

テルの言葉で、店内の温度が急激に落ちた。
住人たちは皆、凍りついたようにテルを見つめる。ある者はチラチラとストロガノフの顔色を伺った。
しばしの沈黙が降りた。

「……フフ……」

ストロガノフの噛み殺したような笑いがそれを破った。次第に大笑いを始める。
周りからも笑い声が上がった。

「そりゃあ君、狩りがやれたらとっくにやってるさ。だができないんだよ」

ストロガノフはテルの肩をぽんぽんと叩いた。
周りの者たちも笑いながら口を挟む。

「この街の周囲は高濃度の放射能に覆われてるんだよ。だから迂闊には外に出れないのさ」

「第一、そんな環境だから動物なんて生息してないのよ?狩りなんて無理無理」

「おとなしく働いた方がいいよ。にいちゃん」

しかし、その笑いはどこかわざとらしい不自然なものだった。
テルはそれをどことなく感じていた。

「けど、おれはこの街の近くで鳥を見たぞ!」

テルはトラックの窓から見た光景を思い出した。数羽の鳥がトラックの上を飛んでいた光景を。
住人たちは相変わらず笑っていたが、先ほどの歪んだ笑みとは違っていた。どこか嬉々とした笑みを浮かべている。

「君、名前は?」

ストロガノフは静かに尋ねた。

「テル」

「そうか、テル君か。いいかいテル君。地上はそう過ごしやすい場所じゃないんだ」

ストロガノフは丁寧に言った。

「実際問題、この街の周辺には動物がいないから狩りはできない。働くしかないんだ。ガッカリするのはわかるけど、だからってこの現実から目を背けちゃあいけない」

テルはなんだかムッとした。

「おれが嘘ついてるって言うのか?」

「嘘を見抜かれて腹立たしいのはわかる。だがそこで反抗せず黙って認めるのが大人の対応じゃないか?」

ストロガノフはさりげなく周囲に同意を求めた。周囲もそれに応じ、うなずいた。
テルは喰い下がらず反論したが周囲の声に掻き消され、だんだん腹が立ってきた。

「わかった。じゃあ、今すぐ外の鳥をとってきてやる。そうすりゃ、この男の言ってることの方が間違いだってわかる」

テルは肩で風を切って出口へ向かった。
ストロガノフはやれやれと肩を落とし、テルの肩を掴む。

「テル君、みんなだって働きたくないさ。だが働くしかないからみんな辛くても頑張ってるんだ。そのみんなの頑張りを君は無駄だと言いたいのかい?」

「みんなみんなって……ちょっとは自分の言葉で語ったらどうなんだよ」

テルはストロガノフを睨めつけた。すると、横から平手が飛んできた。平手はテルの頬に直撃し、テルは思いっきり倒れた。

「ッ!?……あ……?」

テルはぶたれた頬を撫で、目の前に立つカーネルを見上げた。

「テル、俺たちはよそ者なんだぞ。口の利き方に気をつけろ」

カーネルは腰を下ろし、何を親父までと言いたげなテルに小声で囁いた。

「……気持ちはわかるが相手は市長だ。落ち着くまではこの街に居座るかもしれん。今は面倒ごとを起こすな」

「もう少し上の者へ敬意を配れれば、世の中上手く渡れますよ。地上でもね」

ストロガノフは冷酷に諭した。

「街には街のルールがあります。まずはそれを受け入れることですね」



「クソッ……むかつく」

テルは赤く腫れた頬を撫でながら、酒場を出て元来た道を戻った。後続の者がもうじき到着するので、彼らと合流してこの街のルールを教えられるのだ。

(動物がいない?高濃度の放射能?……どうも胡散臭い)

テルは空を覆うドームの天井を見上げた。立派なレンガ造りの壁とは対照的に、こちらは木の板や鉄板など、何かから使い回したような素材をツギハギしたぞんざいなものだった。

(本当にあんなもので放射能を防げるのか?第一、おれは確かに見たぞ。鳥を)

そんなことを考えていると、前方に人だかりが見えた。
街の入り口にはすでに、先に来た50人が集まっていた。その奥にある大扉が開き、テルたちが来た時と同じようにキャタピラートラックが入ってきた。荷台のコンテナが開き、到着した人々が目をチカチカさせながら恐る恐る出てくる。

「なんだ、結局全員来たのか」

前方を歩いていたカーネルがつぶやいた。貧困層だけでなく、富裕層もいる。しかし、コンテナから降りたのは彼らだけではなかった。

テルと同い年くらいの少年が、銃を持った男に背中をつつかれながら、コンテナから出てきた。その少年は四角いメガネをかけ、小麦色
の野戦服を着ていた。大きなリュックサックを背負っている。顔立ちは彫の深い地下の民やこの街の住人とは明らかに違う。丸みのある輪郭をしていた。少なくとも、テルが知っている者ではなかった。

「……ジョー」

カーネルが何かつぶやいた。
その瞳には少年を捉えていた。

「ジョー?」

テルは少年に目をやった。
すると少年もテルの存在に気づいた。
二人の視線が交差すると同時に、街の大扉が閉ざされた。



~To be continued~

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