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(story.29)霧の中の死闘

深い霧の向こうから五機のヘリが現れ、ランドクロスの上空を舞った。ヘリのボディーには「月のマーク」が描かれ、白いモヤの中でうっすらと輝いている。

ランドクロスの中は湧き立っていた。
レフはカバンからありったけの武器を取り出し、残弾を確認する。
エレンは白いローブを身に着け、フードを被り、テルに貰った光学刀を腰に差した。

戦闘準備が整う中、運転席のカーネルが叫んだ。

「全員聞け!多勢に無勢だ!武装して待機し、車内に乗り込んできた敵を各個撃破しろ!」

カーネルの指示に、レフとエレンが即座に応じた。続けてゴランとイリーナも「了解!」と敬礼する。ラビは慌ただしく天井を飛び回っていた。
そんな中、ただ一人、閉口し続ける者がいた。

「ジョージ!」

カーネルは叫んだ。
ジョージは机に突っ伏したまま何も言わない。戦わなきゃいけないとわかっていても、体が動かない。それは決して恐怖からではなかった。

「ジョージ!何もしねぇなら、今すぐランドクロスを降りろ!」

カーネルの檄に、ジョージはいきり立った。歯をギリギリと軋ませる。

「ふてくされるのは結構だが、室内戦になる。仲間の足を引っ張るなよ」

カーネルはシフトをトップギアに入れ、運転に集中した。

ジョージは足元の狙撃銃を手に、ゆっくりと立ち上がった。何だか命令に従うのが癪だったが、今は圧倒的に人手が足りない。生き残るため、仕方のないことだと自分を納得させた。


ジョージはひたひたとエレンに歩み寄り、ヴラジの反乱以来、使い続けてきた狙撃銃をそっと手渡した。
エレンは両手に乗った狙撃銃と、ジョージの顔を交互に見た。

「エレンに光学兵器は無理だよ。エレンだって狙われてる身なんだから、今回は下がってて」

ジョージはエレンの腰から黒い光学刀を抜き取り、スイッチを入れて刀身を振った。

光沢する刃が熱を帯び、暗闇の中で妖しく光る。
感心したゴランが、興奮気味に拍手した。

「むぅ……わたしが貰ったんだけどなぁ」

エレンはどこか不服そうに、それでも納得したように呟いた。
かつて光学銃(テルはこれを「Mk-1ライフル」と呼んでいた)を手にした時のテル然り、アトミック・ソルジャーは光学兵器に執着でもあるのだろうかと、ジョージはふと思った。

(……それにしても、重い)

ジョージの右手はだらんと床へ伸びていた。思いのほか光学刀が重く、ジョージの華奢な腕では、両手で持って振り回すのがやっとだった。
正直、接近戦にもあまり自信がなかったが、それでも刀を手放さなかったのは、自分がずっと旧式の実弾兵器をあてがわれていたことに、些かの不満を抱いていたからだ。それ以外にも、いろいろと含むところがあった。

(見てろ……!)

ジョージは刀を握りしめた。鈍く光る刃を見ると、故郷に置いてきた妹のことを思い出した。


「……!……来るぞ!!」

操縦室からレフが叫んだ。
一同、窓に駆け寄る。

周囲を飛び交うヘリの胴体部が開き、帝国兵がこちらへ乗り移ろうとしていた。
先頭のヘリはランドクロスの前に出て、何やら袋のような物を投下する。

「つかまってろ!」

カーネルは一気にブレーキを踏み、シフトを落とした。
投げ出された袋は空中で展開し、巨大なネットとなって低空を漂う。その横を、ランドクロスは唸りを上げて通過した。

もう一機のヘリがランドクロスの横につき、機内の兵がカーネルに銃口を向けた。
カーネルは懐から素早く拳銃を引き抜き、狙撃兵の額に一発撃ちこんだ。そしてハンドルを大きく切り、ランドクロスの横っ腹をヘリに激突させた。

ヘリは平衡感覚を失い、沼地に墜落した。
やがて後方から爆発音が轟いた。


「すごい……!」

エレンは壁に張り付き、目を丸くした。

「うん……凄い酔う……」

ジョージは床に膝をついて呟いた。
エレン以外の者は皆、あまりの横揺れに口元を押さえていた。
すると、イリーナが窓の向こうを見て叫んだ。

「あれ……!」

ヘリの胴体部から、敵兵が助走をつけてこちらに飛び移ってくる。車上からドタドタと足音が聞こえた。


「カーネル!どうするンだ!?」

レフが散弾銃をリロードしながら叫んだ。
カーネルはコックピットのモニター類に目を向けつつ、視線は向かう先の都市のシルエットを捉えていた。


ランドクロスの6キロほど先に、すっかり朽ち果てて錠の壊れたフェンスがあった。その先に、より霧の濃いエリアが広がっている。


「まっすぐ行って、あそこに突っ込む」

カーネルは淡々と言った。

「この開けた沼地よりは戦いやすくなる」

レフは何か言おうと口をモゴモゴさせたが、ドアに敵兵が張り付いているのを見て、すぐにそちらへ発砲した。



「まだ止められんのか!」

ランドクロスの行方を見て、最後尾のヘリの助手席から部隊長は叫んだ。
乗り移った兵たちがドアを破ろうとしているが、なかなか上手くいかない。

「『死の街』へ入り込まれたら手出しができんぞ!何としてでもここで捕らえろ!」

部隊長はドカッとシートに腰を下ろした。
すると、背後から声が飛んできた。

「部隊長!」

部隊長が振り向くと、満身創痍のシルバがこちらに身を寄せていた。まだよろよろだったが、軍用食を口にして少しは回復したようだった。

「部隊長、自分があのトラックに乗り込んで、目標を捕らえます。合図したら、二号機にトラックまで寄るよう通達を……」

「座っていたまえ、シルバ少尉」

部隊長は背を向けたまま言った。
シルバは鼻を鳴らした。

「目の前にいるのは勲章ものの獲物ですよ!逃げられてもいいんですか!?」

「手柄よりも任務の遂行が優先だ」

部隊長は即答した。

「今回我々に課せられた任務は、君の隊が森で失敗したことで回ってきた任務だ。いわば君の尻拭いだが……任された以上、〝我々が〟遂行せねばなるまい。違うか?」

部隊長はわずかに口元を歪ませた。後部座席からも、クスクスと笑い声が聞こえる。一人だけ人種の違うシルバは、軍の中では浮いていた。

シルバは垂れた目を尖らせた。

「成功したら手柄など差し上げましょう。どの道ぼくは手ぶらで帰ればお終いですから」

シルバはハンドガンの残弾を確認すると、部隊長が止める間もなく、ランドクロスに飛び乗った。



キャンパーコンテナのドア窓が、粘着爆弾により破られた。ガラスの破片が車内に飛び散る。
ジョージは光学刀を構えた。敵が鍵を開けようと窓に手を入れてきたら斬りつける所存だ。

(来い……!)

ジョージはドアににじり寄った。

すると、車内に白い玉が投げ込まれた。
玉はガスを噴出し、車内を満たそうとする。

「睡眠ガス……!」

なのか、毒ガスなのか正直わからなかったが、とにかくジョージはそれを掴み、慌てて車窓から投げ捨てた。

すると、開かれた車窓から、細身の少年兵が飛び込んできた。
ジョージはみぞおちを蹴られ、床に突き飛ばされた。

「さがって!」

エレンはゴランとイリーナを退けた。


シルバはすぐに身を起こし、腰のハンドガンを引き抜いた。
目の前には、先ほどのメガネの少年が刀を構え、立ち塞がっている。その背後に、白いローブを着た少女と、二人の子どもがいた。

シルバは欠けた左耳をジョージに向け、そっと背後を見渡した。

(……アイツがいない?)

一方、ジョージは生唾を飲んでいた。忘れもしない、目の前にいる白髪褐色肌の少年は何度か目にしている。しかし、こうして一対一で対峙するのは初めてのことだった。ヴラジでもヒッピーウッズでも、テルと共に戦った相手だ。

少年兵はこちらに銃口を向けているが、撃ってくる気配はない。どうしたことか、よく見ると前より痩せこけて見えた。二丁あったハンドガンも一丁になっている。もしかしたら、大した補給もせず乗り込んできたのではないかと、ジョージは勘ぐった。

「どけ」

シルバはしたたかに言った。

「ぼくは貴様らに用はない。あいつはどこだ?アトミック・ソルジャーは……」

ジョージは歯軋りした。
そして、意を決して斬りかかった。

シルバは身をよじらせ、ジョージの心臓部にカウンターを入れた。
ジョージは呻いて唾を吐き、背中を蹴られて壁に打ち付けられた。

「ジョージ!」

エレンは叫んだ。そして、チラとシルバを見る。


エレンとシルバの視線が合った時、遂に車窓までもが破られ、煙と共に大量のガラスの破片が車内に飛散した。


エレンは拳を握った。目の前にいる少年は他でもない、シベリアを撃った張本人だ。やり場のない怒りが込み上げてくる。
エレンは下唇を噛んだ。フードの影が差す茶色い瞳が鈍く光った。

「……!」

それを見てシルバは思った。車内が暗く、今まで気づかなかったが、つい最近見た顔だと。


「貴様は……」


エレンはシルバに飛びかかった。獣の様な瞬発力で一気にシルバを突き倒し、腰の上にマウントする。そして握った拳を思い切り、シルバの顔に振り下ろした。

シルバは可能な限り首を曲げ、これを避けた。
拳が耳を擦り、鉄の床がへこんだ。

エレンはもう一度拳を振り下ろそうとしたが、何者かに首根っこをつかまれ、床に押し倒された。
急いで顔を上げると、額に銃口を突きつけられた。
窓から侵入してきた大勢の兵たちが、周りを囲んでいた。



帝国兵の足音で、ジョージは目が覚めた。
意識は朦朧とし、視界はぼやけている。

兵たちは、抵抗するエレンに手錠をかけようとしていた。

ジョージは身を起こそうとしたが、なぜか力が入らない。

エレンは、口を抑えてくる兵の手を噛み、背後の敵を蹴飛ばした。しかしすぐに他の兵に捕まり、床に押さえつけられる。猿轡を咬まされるがそれでも抵抗を続けるため、エレンは右足の腿に拳銃を当てられた。


「エレ…………ッ!」


ジョージの叫びは、とある兵に顔面を蹴られて吐血に変わった。
車内に銃声と、エレンの声にならない叫びが響き渡る。

「手間取らせやがって……!」

兵は撃たれた右手を抱えて呻いた。そして、ジョージの顔に血の混じったツバを吐きかける。
ジョージはツバを拭った。すると、奥歯が抜け落ち、ぽとりと床を転がった。


胸の内から激しい怒りがこみ上げてきた。


それは、誰に対するものでもない。
自分を蹴った兵に対するものではなく、敵を引き寄せたテルやエレンに対するものでもない。上手く言い表せない、やり場のない怒りが、ジョージの胸中で渦巻いた。

ジョージは軋む体で無理やり起き上がった。

しかし、すぐに倒れてしまう。これだけ心が熱くなっているのに、体が言うことを聞かない。

エレンが連れ去られる中、叫ぶことしかできない自分の無力さが憎かった。



コツッ……コツッ……と、韻を踏むような足音が車内に響いた。操縦室から誰かがやってきて、ジョージの背後に立つ。
ジョージの目はぼやけていたが、それが誰かはっきりとわかった。

「カーネル……さん?」

カーネルは拳銃を構え、エレンを取り囲んでいる三人の兵の頭を容赦なく撃った。間を空けず近くにいた二人も狙い、続けてシルバに銃口を向ける。

シルバは崩れ落ちる兵を盾に身を守った。そして、その兵をカーネルに投げつける。
カーネルは兵の亡骸をはねのけたが、その間にシルバがハンドガンで反撃した。

甲高い銃声が車内に反響した。
弾はカーネルの手に命中した。



「…………!?」

直後、シルバは硬直した。
唖然としてただ立ち尽くす。

弾はカーネルの掌で止まっていた。

やがて弾は回転を止め、床にぽとりと落ちる。
カーネルの掌は肉がえぐれ、被弾部には金属のようなものが露出していた。



呆然とするシルバに、カーネルは無言で発砲した。
シルバはすんでのところでこれを避け、体勢を立て直す。そして妙に痛む左耳をこすった。元々欠けていた左耳がさらに欠け、手の甲は血で染まっていた。

(この人……ただのおっさんじゃない)

シルバは背後で固まっている兵たちに、早くエレンを連れ去るよう命じた。そして弾切れ状態のハンドガンを捨て、腰から二本のコンバットナイフを引き抜いた。

カーネルもまた、弾の切れた拳銃を懐にしまい、足元の光学刀を拾った。そして、意識が虚ろになっているジョージにそっと囁いた。

「よくやった」

ジョージは鼻をすすり、赤くなったまぶたを手首で擦った。
カーネルは光学刀のスイッチを入れた。刀身を振ると、刃が赤く染め上がった。



兵たちは窓から脱出し、縛り上げたエレンを連れ出そうとした。頭上では、ヘリが一機、ランドクロスと足並みを揃えて飛んでいる。やがてヘリは胴体部を開き、高度を下げはじめた。

(もうすぐだ……)

右手を負傷した兵は車窓から身を乗り出した。


その時、窓のすぐ外でヘリが爆発四散した。
ゴランとイリーナは身を寄せ合う。
車内に飛んでくるヘリの破片を見て、カーネルは嘆息した。

「あの馬鹿……待ってろと言ったのに」


右手を負傷した兵は、空を見上げた。
ヘリを貫いた赤い光は消えることなく、沈むヘリの装甲を横に裂き、そのまま近くのヘリをも両断する。残された二機は散開し、第二波、第三波に備えた。



ランドクロスの後方500メートルほどの場所を、一台のトライクが疾走していた。

テルは光学銃を手に、小指でゴーグルの泥を拭い、シフトを高速ギアに叩き込んだ。
ボディーに「FALCON」と銘打たれたそれは、四本のマフラーから火を噴き、三つのタイヤで沼地を駆け抜けて行った。



「少尉……!ヤツです!!」

兵はシルバに叫んだ。

「相手にするな!今はその女をさらえればそれでいい!」

シルバは叫んだ。そして背後に跳んで壁を蹴り、カーネルの懐に弾丸のように飛び込んだ。そのままカーネルを突き刺そうとするが、カーネルは一本の刀でそれをいなし、シルバを床に叩き落とした。そして間髪入れず、刀をシルバに振り下ろす。

シルバは二本のナイフでそれを受けるが、刀の重量にカーネルの腕力が乗り、ぐいぐいと押される。数秒間拮抗した後、シルバは苦肉の策でカーネルの目にツバを吐きかけ、一瞬ひるんだ隙に抜け出した。そして起き上がりざまに、左手のナイフでカーネルの右腕を突き刺した。

すると、ナイフは貫通せず、まるで腕に取り込まれたかのようにビクとも動かなくなった。

シルバは横から飛んできた光学刀の刃を残りのナイフで受けたが、衝撃で弾かれ、続けざまに心臓部を殴られて壁に打ち付けられた。

隣に飛んできたシルバに、ゴランとイリーナは震えて抱き合った。


シルバは即座に起き上がり、息を整えた。今の競り合いで額に切り傷ができ、火照った顔がさらに赤くなる。
シルバは疲弊していた。体力的な消耗も激しかったが、もっと深刻なのは心の方だった。目の前の生物には敵わないという思いが、生存本能に刻まれていた。

(落ち着け……ぼくの目的は何だ?目標はすでに達成した)

シルバは他の兵たちが消えているのを確認すると、ウエストバックから灰色の玉を取り出し、足元に投げつけた。
車内が煙幕で満たされる。

「ま……待て!」

ジョージは叫んだ。
カーネルは煙をかき分け、シルバを追う。

シルバは旧世紀の騎士のように、胸元にナイフで十字をつくり、煙の中に姿を消した。



~To be continued~

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