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(story.28)焦燥

時は巻き戻り、帝国のヘリがヨンギルに着く少し前。

ランドクロスは突如、砂漠の真っ只中で停止した。走り出してから5分も経たぬうちだった。車体が大きく揺れ、エンジンが止まったのだ。

中にいた乗組員たちは激しく床を転がった。ソファーや冷蔵庫、雑貨やハーブが散乱し、ジョージが気づいた時には車内は凄惨たる有様だった。

「なん……だ?」

キャンパーコンテナにいたジョージは、四つん這いのまま顔を上げた。目の前でゴランが大の字になって気絶している。鳥籠から逃れたラビが嬉しそうに天井を飛び回っていた。

ジョージは立ち上がろうとしたが、体が妙にヒリヒリして上手く動けない。スタンガンでも食らったような感覚が全身を刺している。
狙撃銃を杖にして壁に寄りかかると、足がふらついた。


「……くそっ、何だってンだ」

ジョージが操縦室にやってきた時、壁にもたれかかっていたレフがようやく目覚めたところだった。
運転席のカーネルは幾度となくイグニッションキーを回しているが、エンジンはかからない。

「やつらは……?帝国は⁉︎」

ジョージは操縦室内のハシゴを登り、天井のハッチを開いた。


夜の砂漠には昼間とはうって変わって冷たい夜風が吹き抜けており、それがジョージの横顔を打つ。

ジョージは狙撃銃のスコープを覗き込んだ。ヨンギルから帝国のヘリが飛び立つ気配はない。幸いなことにまだ気づかれていないようだ。

「カーネルさん、どうです?」

ジョージは煙臭い車内を見下ろした。

「ダメだ。バッテリーがイカレたかもしれん」

カーネルはコーンパイプを噛みつつキーを回し続けた。車内には虚しくスターターの音が響くだけだ。
ジョージは眉をひそめた。

「でもなんで……?」

言いかけた時、どこかから砂の弾け飛ぶような音がした。ジョージはハッと顔を上げる。

砂漠の彼方で砂煙が上がっている。
ジョージが再度スコープを覗くと、煙の中から何かが現れ、砂漠を泳いでこちらに近づいてくるのが見えた。



「今度はなンだ⁉︎」

レフは操縦室の壁に寄りかかって叫んだ。

ランドクロスが再び振動に襲われたのだ。
しかし、先ほどの強い衝撃とは違い、今度は地震のような小刻みな揺れだ。まるで、足場そのものが崩れているかのようだった。

ジョージはハシゴに足を絡ませ、辺りを見回した。

ランドクロスの下に円形の窪みが生じ、じわりじわりと砂を巻き込んで広がっている。その円の周りを、砂から突き出た背びれのようなものがぐるぐると回っていた。

ジョージは真っ青な顔をした。幼い頃に観たパニック映画を思い出す。

「カーネルさん‼︎」

ジョージの叫びも虚しく、ランドクロスのエンジンが始動することはない。
そうこうしている間にも流砂は広がり、一行を地中深くへ引きずり込もうとする。

 

 

「オルゴイコルコイ……!」

 

エレンは車窓から、砂漠を泳ぐ怪物を見ていた。幼い頃に長老婆から聞かされた、昔話を思い出す。てっきり作り話なのかと思っていたが、実際に見て、かつて長老婆の仲間の多くが砂漠で死んだことに納得がいく。

 

「エレンさん!!!」

 

エレンの背後から悲痛な叫び声がした。

イリーナが、気絶したゴランを揺さぶっている。ゴランの額からは血が流れていた。



ジョージは生唾を飲んだ。砂漠にやけに人通りがなかったことに、妙に納得がいく。敵も久々の食事を逃すまいとしているのだ。
周囲の光景はどこまでも広がる砂丘から、砂が雪崩れる斜面に変わっており、既に車体後部のキャタピラが地中に飲み込まれつつあった。

ジョージはゆっくりと車内に視線を戻す。
キーを回し続けるカーネルの傍らで、レフが床の配電盤を開けて何かをいじっている。
キャンパーコンテナでは、エレンがゴランを介抱し、イリーナがそれを手伝っていた。ラビはゴランの枕元に立ち、短髪をぐいぐいと引っ張っている。

それぞれがやれる事に尽力している。ジョージの目にはそう映った。


〝悪いが俺には、お前にそんな特別な力があるようには見えないな〟


ジョージの脳裏で、ふとそんな言葉が響いた。そして唇を尖らせ、力強くハシゴを登った。


ジョージは沈みゆくランドクロスの車上に立ち、狙撃銃を構えた。ある一点に狙いを絞り、そこを怪物が通過するのを待つ。

(ここはもう日本じゃない)

グリップを握る手が汗ばみ、照準がブレる。砂上を走る怪物の背ビレが、何度も何度もスコープの中を通過した。

(俺はもう、守られていたジョージじゃない)

銃口のサイレンサーが火を噴いた。
飛び出した弾丸が砂地をえぐり、砂がはじけ飛ぶ。

沈黙が流れた。


すると、巨大なワームが地中からその姿を現し、砂つぶてを撒き散らせてランドクロスに飛びかかった。

まっすぐ伸ばせばランドクロスよりも長かろう巨体で、大きく開かれた口には四本の牙を携えていた。

ジョージの顔に影が落ちる。
巨大な怪物が大口を開けて迫ってくる。
ジョージは思わず目を閉じた。


暗い車内で誰かがハシゴを駆け上った。

それに気づいたジョージが背後を振り返る間も無く、赤い光が頬をかすめる。
その光は電流を帯び、暗闇の中で怪物の喉を貫いた。

やがて残光は消え、周囲は夜の静けさを取り戻す。怪物は垂直に砂地に落ちた。



ジョージは茫然自失としながら背後を見た。

テルは黒髪をなびかせ、ゆっくりと車上によじ登った。紺色のコートが夜風にはためき、その背に描かれた「星のマーク」が月明かりに照らされる。右手の光学銃から排熱フィンが飛び出し、そこから発せられた白い熱気が冷たい夜風に溶け込んだ。


撃ち落とされた怪物は悲鳴をあげて砂上をのたうち回り、砂煙を巻き上げて地中深くへ姿を消した。

テルは眼下に目をやり、流砂が止まったことを確認する。緊張からか、その頬には一筋の汗が流れていた。

「まだ死んでないが、しばらくは出てこんだろう」

テルは光学銃を振って排熱フィンを収納し、目の前でしゃがみこんでいるジョージに手を伸ばした。
ランドクロスのエンジンがようやく始動する。

「ほら、戻るぞ」

ジョージは一瞬苦い顔をして、その手を払いのけた。スッと立ち上がり、テルを睨む。

「馬鹿!今ので完全に気づかれたぞ!」

ジョージは遥か後方のヨンギルを指差した。今のところヘリが飛び立つ気配はない。
テルは目を細めた。

「……だが、撃たなきゃランドクロスもろともやられてたぞ」

「俺は一人でもやれた!」

ジョージは狙撃銃を強引に背負い、ハッチに飛び込んだ。

操縦室に降りると、ジョージに視線が集まっていた。
レフは気まずそうに顎を掻き、カーネルはため息をついてゆっくりとアクセルを踏む。砂に埋もれたキャタピラが回転し、ランドクロスは傾斜を駆け上った。

「降りてこい」

カーネルは車上のテルに言った。
テルは操縦室に飛び込むと、コートを翻してキャンパーコンテナに入って行った。

ヨンギルから数機のヘリが飛び上がるのが、運転席のバックモニターに映った。
ジョージは何も言わず、操縦室の片隅で丸まった。



ランドクロスは砂漠を駆け抜け、霧の濃いエリアに入った。開けていた景色が次第に不明瞭になり、地面がぐずつきはじめる。

白い霧が立ち込める外の景色を、イリーナは車窓から眺めていた。

周囲は見渡す限り泥の沼地に変わっていた。あちこちに草が生え、今は使われていない朽ち果てた小屋が点々としている。空に輝いていた月はいつの間にやら消え、深い霧と灰色の雲の向こうで鈍く光っていた。

ランドクロスから少し離れた場所で、何やらしわくちゃの生き物が群れを成して蠢いていた。それらは上半身だけの猿のような姿をしており、二本の太い腕でぬかるんだ地面を走り回っている。
数頭はジッとランドクロスを見ていた。

イリーナはしかめっ面をして車内に視線を戻した。車内には相変わらず物が散乱し、追っ手に見つからないよう消灯している。
すると、テルがようやくマシンルームから出てきた。

「テル……!」

エレンが小声で話しかけた。
テルは何も言わずエレンの前を横切り、操縦室に入っていった。
しばらくして、代わりにジョージが出てくる。ジョージは視線を落としたままキャンパーコンテナの一角に座り、収納机を出して日記を綴り始めた。

「何も今やんなくてもいいのにね」

エレンに包帯を巻かれているゴランが、ふやけ顏で呟いた。
イリーナはそれを細目で見ていた。ラビのとまっている左腕をそっと振る。
エレンは小さなため息をついた。

「参ったなぁ……こんな時に」


(元はあなたが食料食い散らかしたのが悪いんだけど……)

ラビに啄ばまれているゴランをよそに、イリーナは内心呟いた。


その間もジョージは黙々と鉛筆を走らせた。
ワームの怪物を退けたと言っても、まだ安心はできない。すぐ近くで帝国のヘリが自分たちを血眼になって探している。濃霧のせいか見つからないでいるが、複数のサーチライトが後方に見えた。この緊張感を生のまま書き記しておこうと思った。


一方、操縦室ではレフがハッチから顔を出し、双眼鏡を覗いていた。レンズには霧の中で揺らめく複数の光が映っている。

「ヤツら、なンで気づかない……?」

レフは訝しげに呟いた。

「このモヤのせいか?」

「いや、とっくにバレてる」

カーネルは相変わらずパイプを吹かしながら、傍のテルに何か話している。やがてテルは、カーネルから鍵のようなものを受け取り、操縦室を後にした。

「なンでバレてるってわかる?」

レフは首を傾げた。
一間置いてカーネルは答えた。

「ヤツらの動きがどうもおかしい。さっきから一定の距離を保って飛んでいるだろ?まるで、俺たちを追い立てている様に見えなくもない」

「なぜそンなことを?」

「わからん。ちょっと揺さぶってみるか?」

カーネルはニッと笑った。


テルがキャンパーコンテナに踏み入った時、そこには妙な雰囲気が漂っていた。
車内の片隅でひたすら鉛筆を走らせるジョージと、頭の包帯を締め直すゴラン。ラビはエレンに諌められ、イリーナは頬杖をついて外を眺めていた。

テルはジョージに何か言おうとしたが、すぐにエレンに目を移した。

「エレン、たしか医療用のベルト持ってたろ?一本欲しい」

「?……いいけど」

エレンは冷蔵庫の側に置かれていた皮カバンを漁り、ベルトを手渡した。
テルは首にかけていたゴーグルのゴムベルトを外し、新しいものに付け替える。

「どうしたの?それ」

「親父にもらった」

テルはゴーグルを試着してみた。ベルトの緩みを直すと、コートの懐をガサゴソとまさぐり、何やら細長い得物を取り出す。
それは、真っ黒な光学刀だった。

「ほら、お前も丸腰じゃまずいだろ。森ではなんとかなったが……------------」

するとエレンは、着ているローブの大きな袖から、使い古したククリナイフを抜き取った。袖の中に鞘が縫い付けられている。

「もう持ってるよ。それに、わたしそういうの扱えないし」

「そんなもん奴らに通じるか。使い方くらい覚えろ」

テルはククリナイフを取り上げ、強引に光学刀を押し渡した。エレンが何も言わないうちに、背を向けてマシンルームへ向かう。
恥ずかしそうにその場を去るテルに、エレンはクスッと微笑んだ。

 

「ありがと……」



ジョージの握る鉛筆の芯がベキンと折れた。エレンたちに背を向けたまま、書きかけの日記を閉じる。そして、足元の狙撃銃を見た。

(俺は……カーネルさんみたいなリーダーシップはとれない)

ジョージは内心呟いた。

(エレンのやる簡単な治療もできないし、レフさんみたいに工学に精通してるわけでもない。ゴランのような度胸もなければ、イリーナみたいにラビを扱えない。当然、ラビのように空は飛べない)

そして何より、故郷は違えども同時期に住み慣れた場所を出て、同時期に旅を始めたテルが着実に力をつけている。
同等だったか、あるいは故郷で訓練を受けた分わずかに自分が上回っていたはずの戦闘技術は、すでにテルに追い越されていた。

否、テルはおろか、戦績を見れば後から旅に加わったエレンにさえ自分は劣っていた。エレンは少なくとも敵兵を一人、ヒッピーウッズで刺殺している。
決して殺しが誇らしいものとは思わなかったが、殺しの経験があるかないか、その差はとてつもなく大きいように思えた。

ジョージはチラりと背後を見た。
エレンが光学刀の扱いに四苦八苦している。妙なボタンを押したらしく、指を火傷して刀を取り落とす。
そこにいるのはなんの変哲もない、自分と同年代の少女だった。しかし、自分との間には高く分厚い壁があるように感じた。



ランドクロスの向かう先に、巨大な都市が霧の中でもはっきりわかるほど見え始めていた。
カーネルはハンドルを急旋回させた。
ランドクロスはその身を大きくよじり、ひび割れた道路を外れて都市へと走る。

ハッチから顔を出していたレフは、双眼鏡を覗きながら呟いた。

「おいでなすった……!」


ランドクロスの後方で散らばっていた白い光は、突如その動きを変え、一丸となってこちらへ迫ってくる。

 

 

その先頭を飛ぶヘリの開かれた胴体部から、シルバは身を乗り出し、向かう先のトラックを見ていた。空腹と疲労を闘志で押し殺し、残弾の少ないハンドガンを握り締める。

 

(今度こそだ……絶対に逃がさん!)

 

コックピットの助手席に座る部隊長は、トランシーバーを片手に全隊員に伝えた。

 

「全機、陣形を組め。霧の中で仕留める」

 


レフは天井のハッチを閉め、操縦室の片隅に置かれたバッグを漁った。

「こっちが気づいたことに気づいたな。どうする?」

そう言いつつ、レフはバッグから散弾銃を取り出す。

カーネルはバックモニターに目をやった。敵のサーチライトが徐々に鮮明になってきている。距離を詰められているのだ。
カーネルはパイプの吸殻を窓から捨てた。


「追いかけっこはここまでだ。迎え撃つぞ」

カーネルはパイプを懐にしまった。そしてランドクロスの前照灯を点け、一気にアクセルを踏み込む。

煙突のように突き出したマフラーが唸りを上げ、キャタピラが泥の大地をえぐった。



~To be continued~

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