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(story.24)碧眼

ライカは走った。茂みをかき分け、木々に回り込み、背後から迫りくる帝国兵から逃れる。その最中、ライカは一瞬立ち止まり海岸を振り返った。

海岸で誰かが死んだ。

並外れた聴力か、それとも獣の感か、ライカの胸中にはそう感じるものがあった。

背後からの光線がライカの兜をかすめ、前方の巨木に風穴を開けた。兵たちはライカを恐れつつも好戦的に、どこか狩りを楽しむようにライカを追い込んでいる。
ライカは舌打ちし、すり減った関節を軋ませて海岸を目指した。



ミューは村人たちを追い、島へと続く一本道を走った。防波堤に波が打ち付けられ、頭上では雲から漏れる月明かりと灯台のサーチライトが交差している。

島の海岸にはあちこちに血だまりがあった。帝国兵やライカの姿はなく、代わりに白髪褐色肌の少年兵とその足元で倒れるシベリア、打ちひしがれるエレンの姿がある。
それを見てピョートルはギョッとした。エレンが泣いているところなど、いまだかつて見たことがなかった。

「誰だお前はーッ!?」

シルバの服装と手元の血の滴るナイフを見るなり、村人たちはシルバにボウガンを放った。
シルバは急いでナイフをしまい、落としたハンドガンを拾いつつ木の裏に回り込む。



「エレン!大丈夫かい?」

ミューがエレンに駆け寄った。
エレンは地に伏し、鼻を真っ赤にしていた。しかし泣き声は上げず、呻くだけに抑えている。エレンの先にはシベリアの亡骸があった。
泣き呻くエレンの目を見て、ミューは鳥肌が立った。

その時、森の奥から一本の光線が飛び出し砂浜に突き刺さった。
ミューが顔を上げると、森からざわめきが聞こえる。ミューは考えるまでもなくそのざわめきの正体がわかった。焦ってエレンの腰の皮袋からハーブを取り出し、それをエレンの顔に押し当てる。

「ほら、エレン!」

しかし、エレンはミューの手を振り払った。
ミューは息を飲んだ。ざわめきは次第に近づいてくる。


やがて、茂みからライカが飛び出した。

それを追って、帝国兵たちも現れる。
ライカは辺りを見回し、倒れたシベリアを視界に捉えるなり、怒気を纏ってシルバに襲いかかった。

「なんだ貴様らは!何している!?」

一人の兵が村人たちに血気立って叫んだ。
兵のほとんどがライカに立ち向かう中、光学兵器を持たない数人が村人たちに駆け寄る。

「村の人間だな?捜査の時にはいなかった連中だ」

「例のガキがどこにいるか、洗いざらい吐いてもらう」

兵たちは村人に手錠をかけようとしたが、それは長老婆により阻まれた。兵は長老婆の自前の杖で兵の頭を横殴りにされ突き飛ばされる。それを皮切りに、村人は兵たちに襲いかかった。


「エレン!ハーブを!」

ミューはエレンに迫ったが、エレンはそれを拒み続けた。
帝国兵は村人とライカの対応に追われ、エレンに寄ってくる気配はない。しかし、帝国兵がこれほどまでにエレンに近づいた時点で、ミューには大問題だった。エレンをこの場から移動させようにも足を負傷している。「絶対に気取られてはならぬ」と内心焦りながら、ミューはハーブを握りしめた。

「ほらエレン、いったんラクになりな」

エレンは首を横に振った。
ミューはエレンを座らせて肩を揺する。エレンは痛みで「ううう」と呻いた。

「エレン!いい加減にしな!こんなとこにいちゃ邪魔だよ!ハーブを吸えば一時的に痛みが緩和される、身体も心も……」

「ミューさんが言ったんでしょ?」

エレンは目に涙を溜めていた。

「『死ぬのは哀しい』って……そこは誤魔化すとこじゃないでしょ?」

ミューは言葉に詰まった。正直身に覚えのない言葉だったが、そんなこと言わなければよかったと後悔する。

「とにかく!怪我したあんたがここにいちゃ邪魔なだけだよ!早く動かないと……–––」

ミューは再度、エレンにハーブを押し当てようとした。しかしその時、エレンが悲鳴をあげて倒れた。ミューは戦慄した。エレンの腕を一発の銃弾が貫いていた。流れ弾だった。



その時、テルの頭に鋭い痛みが走った。身に覚えのある感覚だった。
テルは島へと続く一本道を走っている最中で、目の前は既に、血生臭い戦いが繰り広げられる海岸だった。

(今のは夢から覚めた時の……)

テルは頭を押さえた。そして直感的に、引き寄せられるようにエレンを見る。

 

「え……?」
 

テルは目を疑った。
エレンの瞳が点滅している。

瞳の色は澄んだ栗色と青を交互し、エレンを中心に異様な雰囲気が漂っている。ミューが即座にエレンの瞳を覆い隠したが、テル以外にもエレンの変化に気づいた者がいた。

ライカは帝国兵と戦いながら、意識はエレンに惹きつけられていた。帝国兵をいなしつつエレンを見やる。自分の感性に訴えかける何かがエレンから放たれていた。

「エレン……?」

ミューはか細い声でエレンに話しかけた。しかし反応はない。ただ砂浜に突っ伏し、流血する腕を押さえているだけだ。
ミューは繰り返しエレンに問いかけた。するとエレンはゆっくりと起き上がり、顔を上げた。


テルは数時間前、ミューに言われたことを思い出した。

〝アトミック・ソルジャーが『覚醒』するには、二つの条件を満たす必要がある。一つ目は危機的状況に陥ること。二つ目は『鍵となる感情』を抱くこと〟


エレンは立ち上がった。引き止めようとするミューの腕をすり抜け、戦乱の最中にいるシルバに飛びかかる。

栗色の瞳は完全な碧眼に変わっていた。

その時、灯台のサーチライトがエレンを照らした。その光の中にあってエレンの瞳は輝いていた。

エレンは瞳から青い残光と涙を空中に残し、シルバの顔を掴んで押し倒した。シルバの腰からナイフを奪い、うつ伏せのシルバに振り下ろす。
シルバはすんでのところで身をよじらせ、ナイフは左腕の皮を切るにとどまった。獣のようなエレンに動揺しながら、その脇腹を膝蹴りして引き剥がし、起き上がる。

事態に気づいた兵たちがエレンに銃を向けるが、エレンは弾を避けつつ兵に突進し、ナイフを兵の胸に突き刺した。刺された兵とミューが同時に叫ぶ。
ライカは目を丸くした。

その一部始終を見ていたチカロフの心臓は高鳴った。さすがに動揺を隠せなかったが、何が起きたのか理解するよう努める。

(すごい……すごいぞ!とんだ拾い物だ!二人目のアトミック・ソルジャー!こいつを司令の元まで連れ帰れば……)

チカロフはアサルトライフルを構え、エレンの足に狙いを定めた。
エレンは刺した兵からナイフを引き抜きチカロフに迫る。

チカロフは正確に狙いを定めたが、初弾が銃口から放たれることはなかった。
 

ミューが凄まじい勢いでチカロフの懐に飛び込み、右手を手刀のように振り上げた。その瞬間、チカロフの持っていたライフルが右手の軌道に沿って真っ二つに切断された。
チカロフは何が起きたのかさっぱりわからず、即座にその場から飛び退いた。

「見られちまったもんは仕方ないね。あんたら一人たりとも、森から生きて出すわけにはいかないよ」

首を鳴らすミューからは得体の知れない殺気が放たれていた。


シルバは気を取り直した。ハンドガンを手に、エレンに立ち向かおうと弾の再装填を済ませる。すると、シルバの横を一人の少年が走り去った。

少年は「星のマーク」を背に戦乱の中を駆け抜け、エレンの元へ向かう。
シルバは無意識にその背中を追っていた。

「アトミック・ソルジャー!」

シルバは立ち上がりハンドガンをテルの足に向けた。しかし、引き金に指を添えた瞬間、背後から何者にタックルされ突き飛ばされた。転がりながらも即座に起き上がるシルバ。その視線の先にはピョートルがいた。
ピョートルは息を切らしながら立ち上がり、シルバを睨んだ。

「帰れ!エレンに近づくな!」

ピョートルは意を決して叫んだ。
シルバは小さく舌打ちした。そして横に目を走らせる。連戦を重ねた今のシルバは血気づいており、横から飛んでくる赤い光線にも直感的に反応できた。バックステップで被弾を免れ、闘気を感じた方に目を向ける。

テルは光学銃を片手にシルバを見据えた。その特徴的な褐色肌と白髪を見て思い出す。

「お前は……ヴラジの時の」

シルバは間髪入れずテルに襲いかかった。
テルは反射的にシルバに撃ち込むが、それよりも早く、シルバは凄まじい跳躍力で空中へ逃れ、両手のハンドガンをテルに撃ち放った。
テルはとっさにそれを回避し、シルバの着地の瞬間を狙う。
しかし、シルバは地に降り立つことはなかった。近くの木の幹を蹴り、テルの胴体に飛び込む。

テルは突き飛ばされ、思わず光学銃を手放した。光学銃は空を描き、砂浜を滑る。
テルとシルバは同時に起き上がり対峙した。


「どうした?前の気迫がなくなってるけど」

シルバは意気揚々とテルにハンドガンを向けた。

「それともぼくがノッてるだけか?」

テルは息を弾ませながら鼻血を拭いた。この状況を打開するには、やはり「能力」の使用しかないという結論に至る。
テルはもう一度、ミューの言った能力の発動条件を思い出した。

(危機的状態にはもうなってる。問題は『鍵となる感情』……『怒り』)

テルはシルバを睨んだ。全身の気を昂らせ、何とか「鍵となる感情」を抱こうとするが、シルバに対してこれといった恨みがないことに気づく。

「なぜ来ない?」

ふとシルバが呟いた。
テルは我にかえる。

「なぜ帝国に来ない?帝国というのはそう悪い場所じゃない。それどころか貴様に対しては手厚い待遇をしてくれるはずだ。最高に快適な生活が待ってるんだぞ?」

シルバはテルの額に銃口を向けた。目的がアトミック・ソルジャーの捕獲である以上、捕獲対象がテルであれエレンであれ問題はなかった。帝国に来るか、ここで死ぬか選べという意思表示だった。
テルは腕を組んだ。

「……その手厚い待遇ってのがどんなものか知らねーけど、四六時中監視されて、決められた空間で生活するんだろ?」

テルの言葉に、シルバは一瞬目を細めた。
テルは汗をかきながらニッと笑った。

「そんなののどこが快適だってんだ」

逡巡、海岸に閃光が走った。閃光は叫びを伴い、一瞬気が抜けたシルバの胴体めがけて走った。
シルバは叫びに反応し、背後からの閃光を回避する。
テルは小さく舌打ちした。

ジョージは叫びながらテルの光学銃を撃ち続けた。しかし2発目以降、シルバは華麗にそれを回避する。

〝敵だとわかるものに情けをかけるな〟

ジョージはカーネルの言葉を思い出したが踏み切れず、避けてくれることを期待し、なおも叫び続ける。
次々に放たれる赤い閃光をシルバは避けた。落ち着いて敵の手元を見ていれば、焦った敵の射撃を避けるのはさして難しくなかった。光学銃のオーバーヒートを期待し、反撃の機会をうかがう。

すると、ジョージの頬に嫌な汗が流れた。「あ……」と呟く間もなく、放たれた閃光がシルバの後方にいたエレンに向かっていく。ジョージ以外、誰もそのことに気づいていない。エレン本人さえも。


エレンは着弾寸前に背後から迫る閃光に気づいた。しかし避ける暇はなかった。悪寒がし、走馬灯のようなものが脳内を駆け巡る。幼い頃の記憶がフラッシュバックする中、エレンの脳裏にある光景が浮かんだ。



自分はミューに抱きかかえられている。
目覚めたばかりなのか視界が不明瞭だが、自分の小さな手と今よりシワの少ないミューを見て、幼い頃の記憶だと気づく。

二人は暗い階段を上っていた。すぐ先にはうっすらと扉のようなものが見える。
ミューは階段を上りきると錠を解き、そっと錆びた扉を開いた。

扉の隙間から光が差し込み、エレンは目を瞬いた。慣れない光に目を覆ったが、なぜかその光はとても魅力的なものに感じた。鳥のさえずりが聞こえ、ゆっくりと目を開ける。

目の前には荒地が広がり、遠くには崩れた塔やビル群、焼け焦げた森が見えた。
初めて見るはずの光景に、エレンはどこか懐かしさを感じた。
太陽が灰色の雲から顔を出し、暖かな光が二人を包む。
エレンは白い瞳を爛々と輝かせた。

色々と不明瞭な点の多い記憶だったが、エレンが確かに覚えているのは、その時初めて自分は日光を浴びたということだった。



なぜ今、こんなことを思い出すのかエレンにはわからなかった。赤い光はゆっくりと自分に向かってくる。そうか、これが走馬灯というものなのかと妙に納得しながら、エレンは息を飲んだ。

光線は何か硬いものをえぐり、残像を残して消えた。

エレンは、気づけば何者かに突き飛ばされ砂浜に倒れていた。起き上がり、自分が元いた場所を見る。
目の前には大きな鉄の塊が立っていた。それを見てエレンは目を見開いた。自分を突き飛ばしたのは、テルでもなければミューでも長老婆でもピョートルでもない。ライカだった。


ライカは胴体の心臓部に大穴を開け、ふらついた。
エレンはすぐさまライカに駆け寄り、穴の開いた体を支える。
ライカはまだ何とか動けるようだった。欠けた兜の穴から目をチラリと覗かせ、エレンを見る。
エレンは息を飲んだ。

「まずは……帝国ヲ片付けル。コイツらがいてハどうにもならン。ワシらの『話し合い』はそれからダ」

ライカは小声で言った。
エレンは青い瞳を潤ませた。

ライカは周囲を囲む帝国兵たちを見渡した。
兵たちもさすがに疲れてきたのか息が弾んでいたが、数で劣る村人たちを抑え込み、ライカを追い込み、勝利は目前だった。
ライカ自身、まだ動けるとはいえ武装を使い尽くした上に左腕を失い、そろそろ限界だった。
ミューは依然としてチカロフと格闘戦を繰り広げ、テルはシルバを抑えている。
ライカは空を見上げ、ふと呟いた。

「できれバ……やりたくなかったのだガ」

ライカは大きく息を吸い、腹部から音波のようなものを発した。
帝国兵や村人たちにはその音が届かなかったが、テルとエレンには確かに笛のような音色が聞こえた。その音色は空へと響き、森全体を包む。
ライカはエレンの碧眼を見た。

「仲間たちノところへ行ケ。今のオマエが近くにいれバ、村人は助かル」

そう呟くと、ライカは最後の力を振り絞り帝国兵に立ち向かった。
兵たちも残り少ない弾を使って応戦した。


その時、灯台島の海岸にどこからともなく地鳴りのようなものが響いた。地鳴りは次第に大きくなり、海岸に迫り来る。
帝国兵たちのほとんどは疲労と血気、銃声により気づかなかったが、長老婆は確かにその音を聞いた。血相を変え、生き残った村人たちに呼びかける。

「シリウスのところまで走りな!!急ぐんだよ!!」

シリウスは木の幹に打ち付けられ気絶したままだった。気絶したシリウスが役に立つかはわからなかったが、村人たちも異様な森の雰囲気を感じ取り、血相を変えた長老婆に従った。テルとジョージもそれに続く。


帝国兵がライカに気を取られているうちに、エレンは村人の元へ走った。村人たちは木陰に集まっている。背後ではライカが帝国兵と格闘していた。

すると、誰かがエレンの足に掴みかかった。エレンはうつ伏せに倒れ、背後を振り返る。
チカロフは息を切らし、エレンの細い足を握りしめた。ミューにやられたのか顔の左半分に斬撃の跡があり、左目は閉じられている。

「貴様は……アトミック・ソルジャーは、我が国に必要なのだ。逃さん」

そう言いつつ保身が目的でもあった。エレンを逃して帰れば、今度こそただでは済まないとチカロフにはわかっていた。
チカロフの放つ生への執着に飲み込まれ、エレンは硬直した。

「エレン!!!」

ミューの声でエレンは我に返った。それと同時に、空から飛翔してくる黒い影に気づく。

その影は巨大な鉤爪でチカロフを鷲掴みにし、空へと舞い上がった。チカロフが足から手を離し、エレンは砂浜に打ち付けられる。

巨大な双頭の鷲 ミストラルはチカロフを空へと連れ去り、二つの頭で上半身をついばもうとした。

チカロフはパイルドライバーをミストラルの脚に撃ち込み、なんとか脱出する。地上へと落ちる最中、チカロフはふと、島と森を繋ぐ一本道を見た。そして目を疑った。
 

一つ目ネズミの大群、全身毛むくじゃらの大蛇、狼の群れ、巨大な蚊、豚の頭をした馬。

大小様々なクリーチャーが雪崩のように一本道を駆け抜け、島へと迫り来る。

兵たちもそれに気づき、雪崩の正面から光学兵器を一斉掃射した。それにより先頭の数頭は倒れ、そのすぐ後ろにいたクリーチャーたちも転び勢いに飲まれるが、それでも雪崩は止まらなかった。

一方、空からはミストラルのような鳥類型のクリーチャーが飛来し、兵たちに襲いかかる。
今や森中のクリーチャーが灯台島に集結しつつあった。


村人たちは、その圧巻な光景に目を丸くしていた。クリーチャーは、特に大型のものは人前に姿を現わすことがほとんどないため、村人が初めて見る新種もいた。

帝国兵たちは前後左右上下から襲いかかるクリーチャー必死に応戦した。光学兵器により相当数のクリーチャーを仕留めたが、勢いはまるで止まらず、兵たちは雪崩に飲み込まれて瞬く間に駆逐されていった。

村人たちはただ呆然と、その光景を眺めていた。



[AM:1:13]

海岸には波の音だけが響いていた。
人とクリーチャーの屍が無数に転がる砂浜を、生き残ったクリーチャーたちは去っていった。

村人たちが襲われることはなかった。
エレンが大きく手を広げ、村人たちの前に立ち塞がったからだ。
村人たちを襲おうとしたクリーチャーは皆、エレンの碧眼を見るなり引きかえした。
村人たちは、エレンから発せられるクリーチャーに似て非なる雰囲気に唾を飲んだが、そんなエレンも、今や長老婆の腕の中で弱っていた。慣れないことをやったせいか、うつらうつらとしている。

海岸に月明かりが降り注ぎ、砂浜を照らした。
すると、頭上を舞っていた何頭かのミストラルが降りてきて、海岸に転がる無数の死骸を持ち去っていった。その中には、シベリアの亡骸もあった。

「あ……」

エレンはよろよろと起き上がろうとしたが、長老婆がそれを制した。エレンを抱き寄せ、飛び去っていくミストラルを見つめる。

「シベリアは森とひとつになるんだよ。あの子はやっと、森へ帰れるのさ」

エレンは長老婆の胸の中にうずくまった。全身の力が抜け、次第に涙腺が緩む。そしてエレンは思いっきり泣いた。



[AM:1:50]

戦いの後、村人たちは失意の中、村に帰った。今回の出来事はあまりにも犠牲者が多すぎた。

農夫たちは手錠がかけられたままのアイザックと、生き残ったチカロフにボウガンを突きつけ森を進んだ。帰路でクリーチャーに襲われることはなかった。ミューにおぶられたエレンを伴っていたからか、それともいつの間にか消えていたライカの計らいか、真意はわからなかった。

村人たちは村に着くと再び息を飲むことになった。

村には5人の束縛された帝国兵と、それを監視するカーネルの姿があった。塀の中でも戦闘があったのか、あちこちに血が流れている。
テルは、悠々とコーンパイプを吹くカーネルを驚きの目で見た。

「親父がやったのか?」

カーネルは煙を吐くとゆっくりと立ち上がり、テルたちに歩み寄った。

「色々と聞きだせることがあるかもしれんからな。安心しろ、アンナは無事だ。他の村にいた連中も誰一人傷ついちゃいない」

村人たちは安堵したが、ジョージだけはカーネルから気まずそうに目をそらした。
ミューはふんと鼻を鳴らし、エレンを寝かそうと診療所に入っていった。
カーネルは懐から小さな箱を取り出し、そこにパイプの燃えカスを入れながらテルたちに聞いた。

「森では充分休めたか?」

テルはこくりとうなずいた。本心を言うともう少し長居したかったが、この森は今回の一件を機に変わる気がした。よそ者の自分たちがこれ以上居ても邪魔に思えた。
カーネルは「よし」とパイプをしまった。

「帝国に居場所がバレた以上、長居は無用だ。明け方には森を出るぞ」

ジョージは「えっ」と顔を上げた。チラリと左手前の診療所を見る。診療室の明かりがついていた。

「エレンはどうなるんです?連れていくんですか?」

カーネルは手を組み、長老婆を見た。年甲斐もなく動き回ったからか、さすがの長老婆にも疲れが見えた。杖をつき、そっとテルを見る。

「わたしの意見は変わらないよ。あの子が望むなら、連れていっておやり」



~To be continued~

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