top of page

「エレンを連れていく……?」

ジョージはメガネに炎を躍らせながら言った。
今しがた長老婆から告げられた頼みに、テルとジョージは顔を見合わせた。

「それはおれたちでは判断できない。親父に聞かないと」

テルが言うと、長老婆はニコリと笑った。

「カーネルさんには既に了承してもらってるよ。『エレン次第』だそうだ。と言ってもあの子はミューを気遣って、自ら安全な地下に入るかもしれない。いや、きっとそうなる。そうならないよう、君たちにエレンをそそのかしてもらいたいのさ。外の世界がいかに魅力的か語ってほしい」

「そそのかす……ですか」

ジョージは自身なさげに呟いた。正直な話、今のところ海外が魅力的な場所とは思えなかった。この森にとどまりたいとさえ思ったくらいだ。
テルも同意見なのか困惑していたが、長老婆の柔和な笑顔を見るとなんとも断りづらかった。それは、いつしかエレンが見せた笑顔に似ていた。屈託のない自然な笑顔。そうか、この森が純粋な人間を育てるのかとテルは思った。

「婆さん、正直に言うと森の外は安全とは言えない。地上に出て間もないおれが何回か死にかけてる。エレンをそんな場所へ送るのは……」

「あぁ、危険だってことは百も承知だよ」

長老婆は相変わらずの柔らかい表情で言った。
テルとジョージは再び顔を見合わせた。

「じゃ、なぜエレンをそんな場所へ?」

「エレンが綺麗すぎるからさ……外見のこと言ってるんじゃないよ?」

長老婆はいたずらっぽく言った。

「わたしのような年寄りはとっくに忘れてしまったけど、『危険だからこそ感じる魅力』というものがある。エレンのように安全な場所で大切に育てられた者なら、なおのこと強く感じるものさ。あの子は長いことその魅力に取り憑かれてきた。いい加減、泥だらけで走り回らせてやってもいい頃だよ」

ジョージは息を飲んだ。テルの時もそうだったが、自ら子どもを地雷原へ放り込む大人が身近にいるエレンが羨ましかった。同時に、保守的だった自分の故郷への恨みを一層募らせるのだった。

その時、村の通りを一匹の白狼が駆けてきた。ゆるい坂を駆け上がり、テルたちが暖をとる広場へ飛び込んでくる。

「シベリア……!」

長老婆が立ち上がり、シベリアに歩み寄った。
シベリアは長老婆を無視し、座りこんでいるテルとジョージを引っ張り上げた。そのままジョージの服を噛み、どこかへ連れて行こうとする。何かを伝えようとしているようだが、ジョージには恐怖でしかなかった。

「シベリア!どこへ行くんだい?」

長老婆たちはシベリアの後に続いた。



灯台島では張り詰めた空気が流れていた。
光学銃を構えるライカとその前に跪くエレンの間に、冷たい海風が吹き込んでいる。

「話し合えない……ですか?」

エレンは頭を下げながら懇願した。
ライカは生涯初めて見る衝撃的な光景にたじろいだ。

「今まで、あなたの仲間を不必要に殺したことは謝ります。本当に反省しています。だから……話し合えないですか?」

ライカはそっと銃を下ろした。苦しそうに呻き、うつむき、そして高笑いを始める。

「ハッハッハッ……話シ合う?ハッハッハッハッハ!…………何様ノつもりだ貴様はッ!」

ライカは怒鳴った。
エレンは思わず目をつむる。

「話シ合うだと?先に話し合いヲ放棄したのハ貴様らダろう。虐げられてきた者ガ加害者の謝罪ひとつで納得スルものか」

ライカは息を荒げた。

「それニ……事はもうワシだけに謝って収拾ガつく問題ではなくなっていル。オマエたちが毒ガスを散布したコトで大勢ノ仲間が死んダ。ワシが何ヲ言わんとしていルかわかるカ?」

ライカは自分の背後を指差した。
エレンは顔を上げ、息を飲んだ。

ヒッピーウッズと灯台島を繋ぐ道路の上を、大勢の人間が走っている。こちらへ向かってくる。エレンは最初村人たちかと思ったが、こちらへ近づくにつれ、その一団の統一された輪郭がはっきり見て取れた。

「オマエたちが招いたのダ」

帝国兵たちは隊列を組み、エレンとライカを取り囲んだ。兵たち全員の手にアイザック派から奪った光学銃が握られていた。



「ハァ、ハァ、どこまで行くんだよ」

ジョージが息を切らしながら、自分の袖を噛むシベリアに尋ねた。背後からはテルと長老婆が追ってきている。三人は小高い丘の上に立っていた。丘からは人間村が一望できる。
シベリアの足はそこで止まった。

「何だっていうんだよ……」

ジョージは怒ってシベリアの口から袖を振り抜いた。
長老婆はシベリアの不可解な行動に眉をひそめた。

「変だね。シリウスならともかく、シベリアは普段こんなことしないんだが……」

その時、三人の背後で閃光が走った。一斉に村を振り返る。
村の上空に風船のようなものが浮き上がり、そこから放たれる光が村全体を照らしている。村の門は突き破られ、塀の中に人影が巣をつつかれたアリのように蠢いていた。
三人は茫然自失としながらそれを見ていた。

テルにはその人影の正体がわかった。

「あいつらだ、とうとう来やがった!」

ジョージは腹のバッグから双眼鏡を取り出し、村を覗いた。帝国兵たちが村中の建物を物色している。

「なんじゃあの者たちは?どうやって森を抜けてきた!?」

長老婆が叫んだ。
ジョージは双眼鏡の倍率を上げた。兵たちの手に光学銃が握られているのが見える。
その時、背後の茂みで物音がした。

 

「あぁ、ご無事でしたかババ様」

茂みからピョートルが飛び出してきた。シベリアを視界に捉えるなり安堵の表情を浮かべる。その背後に何人かの村人を従えていた。
長老婆はピョートルに駆け寄った。

「どういうことじゃ!何があった!?」

ピョートルは村を見つめ、深々とため息をついた。

「父さんです。父さんとその一派がクリーチャー狩りを決行したのです。それでクリーチャーの防壁が崩れて……」

すると、村人たちも安心して口々に言った。

「何人かは事前に帝国の侵入を察知して逃げました。ただ突然のことだったので、まだ数人が塀の中に……」

「森のクリーチャーは気が立っています。我々はなんとかなりましたが、別方向へ逃げた者たちはどうなったか……」

長老婆は舌打ちした。道理で先ほどから森の様子がおかしいと感じたのだ。

「とにかく森に散らばった者たちを探すよ。シベリアが一緒にいる限りは安全………シベリア!どこへ行くんだい?」

長老婆は声が響かないよう叫んだ。
シベリアは一匹でどこかへ向かっている。時々チラリとテルたちの方を振り返った。

「ついてこいってことか?」

テルは呟いた。



灯台島の海岸には雑踏が響いていた。兵士たちはスラブヤンカでの経験を活かし、ある程度の距離をとって放射線状にライカを囲む。

「おい!どんな状況だこれは!?」

隊列の後ろで、チカロフが満身創痍のアイザックを揺さぶる。

「『目標』がいると聞いて来てみれば、こないだのやつがいるだけじゃ……」

「チカロフ上等兵、隊列に加われ」

背後からの指示にチカロフは眉をひそめた。

「なんだとステファン伍長?貴様誰に向かって……」

「あなたはもう部隊長じゃない。この『鎧』が恐ろしいのは全員同じだ。銃をとって隊列に加われ」

ステファンは手に汗握りながら言った。
チカロフは小さく舌打ちし、隊列に加わった。

「最近の雑兵は結構いい装備貰ってるんだな。今お前たちが銃を向けてる『文明の産物』を片付けてくれたら、テルとかいう子どもの居場所を教えてやる」

アイザックは腫れた脇腹をさすりながら言った。肋骨が何本か折れているのか、立っているのもやっとだった。

「構え!!」

シルバが手を挙げると、20人の兵たちは一斉に臨戦態勢に入った。
ライカは呆れかえった。

「どこまでも学習しないナ人間。スラブヤンカで何も学ばなかったカ?」

すると、ライカを囲む兵たちが口々に叫んだ。

「そのスラブヤンカで誰を敵に回したか教えてやろうってんだよ!」

「新米隊長!撃ってもいいよな!?」

「アトミック・ソルジャー捕獲部隊」には好戦的な面々が揃っていた。そこにいて、若干15歳の小隊長シルバは舐められていた。
シルバは「無駄口を叩くな!」と部下たちに一喝する。

「どうしようもない連中ダ……」

ライカは呟いた。同時に鎧の背中の切れ目を開く。開かれた部分にはミサイルが満載され、それを全方向に向けて一斉掃射した。

ミサイルが煙を吹きながら宙を舞う。
慌てて兵士たちが発砲し光線が飛び交うが、ライカは既に兵士たちの輪から抜け出していた。

エレンとシリウスは呆然としながらそれを見ていた。辺り一面に砂煙が舞い上がり、兵たちを覆い隠す。ミサイルは兵たちではなく、彼らが持つ光学銃を的確に破壊していた。

「離レていろ」

ライカは茫然自失とするエレンとシリウスに言った。しかしそれもつかの間、煙から二人の兵が飛び出してきた。

シルバは手近な木によじ登って飛んだのか、クセのある白髪をはためかせて空を舞い、両手に持ったハンドガンを発砲した。
ライカは無難にそれをかわしたが、空中に気を取られ、懐に飛び込んだチカロフの存在に気づかなかった。

チカロフは左手をライカの背中に添え、腕に装着した携行型パイルドライバーを打ち出した。
ライカはすんでのところで反応し身をよじらせるが、パイルドライバーは右腕に命中し、光学銃が握られたライカの腕は遥か彼方に吹き飛んだ。

エレンは顔を引きつらせたが、ライカのちぎれた腕からは血が噴き出さなかった。
チカロフもそれには動揺したのか一瞬硬直する。
ライカは痛がる素振りなど全く見せず、残された左腕をフルスイングさせチカロフを殴り飛ばした。

その隙にシルバが空中から奇襲を仕掛け、垂直落下でライカを蹴り飛ばす。
ライカは電柱が倒壊するように地面に倒れた。
シルバはライカの胴体に着地し、腰からコンバットナイフを引き抜いてライカの兜の空気孔めがけて振り下ろした。

「ヤメ……ッ!!」

ライカは思わず叫んだ。
シルバが勝利を確信したその時、シリウスがシルバに襲いかかった。

シルバは地面に押し倒され、自分に飛びかかって喉を喰いちぎろうとするシリウスの首を掴んで必死に抑えた。シリウスの腹を蹴り飛ばして引き剥がすとハンドガンを引き抜く。

「こいつ……!」

シルバはシリウスに銃口を向けた。慣れた手つきで容赦なく発砲する。

「あ"ッ……!!」

シリウスに覆い被さったエレンが悲鳴を上げた。左足の腿から血を垂れ流し、耐えられずその場に倒れ込む。
これにはシルバも一瞬固まり、その隙にライカがシルバの懐へ突っ込み、鳩尾に渾身のパンチを打ち込んだ。
シルバは吹き飛ばされ、近くの木の幹に激突し気を失った。

ライカは関節を軋ませ、呻くエレンを見下ろした。
シリウスはエレンの身を案じている。

「今のうちに……村へ!」

エレンは声を絞り出した。
シリウスはその場から動くことをためらう。
エレンは歯を噛み締め、全身の力を使って叫んだ。

「行ってッ!!」

しかし、シリウスは動かなかった。その卓越した聴覚と嗅覚で、長老婆たちが近づいていることを予期していた。
しかしエレンはそんなシリウスの思惑を知るよしもなく、歯を食いしばって呻いた。


ライカは辺りを見渡した。光学銃を失った兵たちが、拳銃やアサルトライフルなどのサイドアームを手にこちらを囲んでいる。兵たちは自分に小火器程度の実弾が効かないことを知っている。それでも兵たちの顔には勝利の色が浮かんでいた。

「アトは一人一人殴り倒スだけカ」

ライカは残された左腕を振り回し、兵たちに襲いかかった。
兵たちは反撃ではなく回避に徹したが、いまだライカの戦闘力は侮りがたく何人かの兵が左腕の餌食になる。

それでも兵たちは勝利を予感していた。村に向かった別働隊が合流すれば、ライカに対して決定打となる光学兵器が使える。先ほどのミサイルは奥の手だったと見え、ライカも突飛な手を打ってくる気配はない。ただひたすら殴りかかってくるだけだ。
伸びていたチカロフも呻きながら起き上がった。

ライカは周囲から投げられる手榴弾をかわしながら、小さく舌打ちした。



一方、テルたちは沈んだ埠頭に着いていた。遠くに見える灯台島では銃声や炸裂音が鳴り響いている。

「なんだいあれは?何が起きとる!?」

長老婆が素っ頓狂に叫んだ。
ジョージは双眼鏡を覗き、島の様子を確かめた。

「帝国です!帝国兵とライカが戦っています!それにあれは………エレンです!エレンが倒れて……」

長老婆はジョージから双眼鏡をひったくり島を覗いた。エレンが足から血を流して倒れている。その周囲で20人もの帝国兵がライカ一人を相手取っていた。

「クソ……何で帝国がこの森にまで」

農夫の一人が憎々しげに言った。その背後でも、森を走っている最中に合流した村人たちが島を睨んでいた。

(あ……そうか。長老婆の一派ってほとんどが元帝国国民なんだっけ)

ジョージはふと思い出した。
長老婆は双眼鏡をジョージに返し、一直線に島へ駆け出した。それを農夫が止める。

「馬鹿なことを。武器のない我々が突っ込んだところで何もできませんよ。第一どちらに加勢するのです。ライカか、帝国か」

「考えるのは後じゃ!とにかく今すぐシベリアと村に戻って武器を……シベリア?」

長老婆は農夫の背後を伺った。
シベリアは灯台島に尻を向け、森に向かって唸っていた。暗い森の奥にライトの灯りが見える。大勢の雑踏と、襲いかかるクリーチャーの鳴き声、空気を切り裂く光の音が聞こえる。
一同は咄嗟に埠頭のコンクリートの切れ目に飛び込んだ。

しばらくすると、埠頭と島を繋ぐ一本道を、10人ほどの帝国兵が駆けて行った。村にいた兵たちである。全員が光学銃片手に意気揚々としている。
それを見てピョートルは息を弾ませた。

「やった……!彼らが加勢すればライカをどうにか出来るかもしれない!そうすればエレンや子どもたちは……」

ピョートルは輝く目で長老婆を見たが、長老婆をはじめ周りの面々は複雑な顔をしていた。

「どうだかな……あの連中のことだ。ライカを倒したら俺たちからふんだくって帰ると思うぜ。最悪、俺たちゃ奴隷にされるかもな。どっちが勝ってもロクなことにはならん」

農夫が言った。
ピョートルは絶望的な顔をした。今度はテルに向き直り、テルの肩を揺らす。

「なぁ助けてくれよ、エレンを助けてくれよ……外から来たんだろ?強いんだろ?」

テルは唇を尖らせた。
ピョートルはなおも懇願する。

「助けてくれよぉ……なんとかしてくれよ……なぁ、黙ってないで何とか言えよ」

「無理だ」

テルは言った。
ピョートルは目を見開き、テルの肩を激しく揺さぶる。眉間にシワを寄せるピョートルに、テルは呟いた。

「慈善事業じゃないんだ。死ぬとわかりきった場所にみすみす突っ込めるか」

ピョートルはテルの頬を引っ叩いた。テルは思わずのけぞる。

「君は……男失格だ!」

ピョートルは息を切らし、長老婆の制する声もはばからず叫んだ。
テルはぶたれた頬をさすりながら、ピョートルを睨んだ。

「そう思うなら何でお前は戦おうとしない!?」

テルの怒気にピョートルは顔を引きつらせた。テルはなおもピョートルを睨む。

「自分が出来もしないことを人に押し付けるな他力本願野郎!自分で戦え!」

睨み合う二人の間にジョージと農夫が割り込んだ。
長老婆は深いため息をつき、嘆き悲しんだ。

「とにかく村の武器を取ってきなさい!戦うにせよ戦わないにせよ、丸腰で塀の外にいるのは危険すぎる!」

長老婆は皆に命じた。
すると、森から声が返ってきた。

「武器ならあるよ!」

全員の視線が一斉に森へと注がれた。暗闇の中から誰かが歩いてくる。その見慣れたシルエットは、やがて灯台のサーチライトに照らされ正体を現した。

「ミュー……?」

長老婆は呟いた。
ミューは白衣を鮮血に染め、大きな皮袋を担いでいた。皮袋を農夫たちに投げ、血だらけの顔を血だらけの腕で拭く。

「村を出て行くあんたらの姿が見えてね……悪いがそう大量には持ってこれなかった」

農夫は袋を開いた。大量のボウガンが詰め込まれている。
長老婆はミューに歩み寄った。

「ミュー、どうやって森を抜けた!?」

ミューの浴びた返り血はクリーチャーのものだった。その姿に長老婆は既視感を覚えた。

(そうだ……初めて会ったあの日も、ミューは幼いエレンを連れながら単独で森を突破してきたんだ)

眼を見張る長老婆に、ミューは息を切らして呟いた。

「今は説明している暇はありません。一刻も早く帝国兵を倒さなくては……」

長老婆は目を鋭くした。

「帝国兵?」

「そうです!やつらは我々を……奴隷として捕らえるために送り込まれたのです!」

長老婆含め、全員が目を丸くした。
「それは本当か!?」と農夫が尋ねる。
ミューはむず痒い顔をしながらうなずいた。

「間違いありません。村にいた兵を尋問しました。しかもそれだけではありません!やつらは『聖域』をも漁るつもりです。あそこには旧世紀の実験資料や光学兵器が大量に保管されています。森を荒らした後、我々を奴隷として連れ去るつもりなのです!」

一同ざわめいた。そのざわめきを切り裂くように、ミューは間を置かず叫んだ。

「もし!もしこのまま帝国がライカを倒した場合、我々の選択肢は奴隷として連れ去られるか、その前に囚われた子どもたちを置いて森を去るかです!ただライカと共闘すれば……ライカ単体であの強さなのです。我々とて帝国兵を倒すこともできましょう」

血に染まったミューの言葉は鬼気迫るものだった。村人たちはその血気に圧倒され、飲み込まれていった。

「奴隷になって帝国へ逆戻りするか、森を出て新生活を始めるか、どっちがいい!?」

ミューは農夫たちに叫んだ。
全員がうつむき呻いた。ここにいる者たちは皆、外の世界から来ているため帝国の恐ろしさは身に染みていた。

その時、灯台島に閃光が走った。
島を見ると、海岸に赤や青、白や緑の光線が飛び交っている。先ほどの帝国兵たちが援軍に駆けつけたようだ。ライカが倒れるのも時間の問題だった。

「クソ……連中はどこまで俺たちを追ってくるんだ……!」

農夫は皮袋に手を突っ込んだ。
それに触発され、一人、また一人とボウガンを手に取る。やがてテルとジョージ以外の全員が腹を決め、それに倣った。

村人たちは重い足取りで、島へと続く一本道に踏み込んだ。
後にはテルとジョージ、それに息を整えるミューが残った。

「ドクター、さっきの話って本当ですか?」

しばらくして、ジョージがミューに尋ねた。
ミューは首を鳴らしながらジョージを見下ろした。

「.嘘だよ。帝国がほんの数百人程度の奴隷欲しさに、こんな辺境に部隊を送り込むか」

「では、やはり目的はテル……?」

ジョージは下唇を噛んだ。
ミューは今度は屈伸を始めた。

「だろうね。まぁそれ以上に見られるとまずいものがあるから、村人たちを焚きつけたんだけど」

ジョージは首をかしげ、「どういうことです?」と尋ねた。
ミューは腕を十字に交差させながら島を睨んだ。

「ジョンからの伝言だ。戦いたいなら戦えってさ。まぁあたしは、あんたらが死のうが生きようがどうでもいいし、戦力は多い方がありがたいんだけど」

ミューは急いで島へと駆け出した。

ジョージは呆然とそれを見つめていた。「見られるとまずいもの」、ジョージは最初それが「聖域」のことかと思ったが、それだとどうも腑に落ちなかった。なんにせよ、今の自分には武器がないのでミューを追うことはできない。ここで対岸の火を眺めている他ないのだが、気づけばシベリアの姿も見当たらなくなっていた。焦って辺りを見回すと、離れたところでテルがしゃがみこんでいた。手元で何かをいじっている。

ジョージが駆け寄るとテルは立ち上がった。
テルは樽のように大きな金属を抱えていた。ライカの右腕である。
ジョージは一瞬目をそらしたが、切断面を見ると血は出ていない。太いコードが何本も詰まっている。ロボットアームだ。

「なんでこんな場所に……」

ジョージは呟いた。
ライカの腕はしっかりと、一丁の銃を握っている。テルがヴラジで入手した光学銃である。
テルはそれを引き取り、付着したオイルを拭き取った。銃身に彫られた「Mk-1」の文字が月光で照り輝く。

「戦えってことか」

テルは呟いた。

「ここから逃げたって連中は追ってくる。味方が多いうちに戦った方がいい。それにエレンには恩があるしな」

テルは光学銃をジョージに渡し、自分の腕の鎖を焼き切るよう頼んだ。ジョージはそれを受け取り微笑んだ。

「テルって優しいよな。なんだかんだ」

テルは唇を尖らせ、鎖を鳴らして急かした。

「元々はおれが原因で招き寄せた敵だ。自分の面倒は自分で見るさ」

「もう巻き込んでるけどね


ジョージは呟いた。赤い光が鎖を焼き切り、テルの腕は自由を取り戻した。



木の幹にもたれかかっていたシルバはようやく目を覚ました。痛む脇腹を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。ライカに殴られる直前に背後へ跳び致命傷は免れたが、やはりダメージは大きい。

戦場は島の海岸から山の中に移っていた。灯台のある方角から光学兵器の閃光が見える。まだライカを仕留められていないようだ。

海岸には自分と、足から血を流して倒れている女、女に寄り添い看病する一匹の白狼が残されていた。
シルバは尻の砂を払い加勢に向かおうと歩き出した。すると、白狼が目の前に立ち塞がる。白狼は臨戦態勢で牙をむき出しにして唸った。
シルバは眉を寄せた。

「どいてくれ」

シルバはハンドガンを一丁引き抜き言った。
しかしシリウスは動じない。シルバがライカにとって危険な存在だと判断しての行動なのだろうが、それはシリウスにとっても同じことだった。

シルバは深々とため息をついた。目の前の白狼はまるで狩りができない狼だとわかった。
狩りの基本は自分より強い相手とは戦わないことである。そんな基礎中の基礎もなっていないこの白狼は、人間に飼われて育ったと見えた。
飼われて育った生き物は外の厳しさを知らない。その無知ゆえに、命を投げ打っているとも知らず大きな敵に立ち向かう。

シルバは幼い頃からそんなクリーチャーを何度も見てきた。故郷を出てから見ることは稀になったが、久々に見た無知なクリーチャーに幼い頃を思い出し、不快感をあらわにした。

「一発でラクにしてやるから、ジッとしてなよ」

シルバは目を尖らせ、照準をシリウスの脳天に合わせた。
エレンが何か叫んだが、呻き半分で聞き取れない。
シルバは記憶を断ち切るように、慣れた手つきで発砲した。

「うわッ!?」

それと同時に、シルバは何者かに背後から押し倒された。発砲した弾は標的から大きく逸れていた。
シルバが目を開くと今にもシベリアが自分の喉を喰いちぎろうとしており、首根っこを押さえてなんとか耐える。
シリウスもそれに乗じシルバに飛びかかった。

シルバはナイフを引き抜き、シベリアの腹に刺して投げ飛ばした。仰向けのまま、飛びかかってきたシリウスの横腹を蹴って続けざまに起き上がる。シリウスは付近の木に打ち付けられた。

シルバは即座にもう一丁のハンドガンを抜き、唸るシベリアに向けた。シベリアはなんとか立っていたが、腹と口元から血が滴っていた。

「やめッ……!」

エレンは立ち上がり間に駆け込もうとしたが、足の痛みで倒れ込んだ。勢いで砂に顔をうずめながらシベリアを見る。


「ごめんな」


シルバはそう呟き、容赦なく引き金を引いた。
エレンは目を真っ白にして絶句した。うなだれると同時に青い涙が流れ出し、瞳を染める。
そこにはただ「悲哀」だけがあった。



~To be continued~

(story.23)灯台島の合戦

bottom of page