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「親父、おれ革新派に入る」

夜、テルは帰ってきた父に告げた。
父は一瞬驚いた顔をしたが、何も言わなかった。

テルはそれを見て不思議に思った。
以前にも何度か、父に革新派に入りたいと申し出たことがあるが、毎度即答でダメ出しされていたからだ。

〝お前を安全な環境で育てるため〟

父は毎回そう言っていた。しかしその言葉は、同時に地上の存在を認めてもいた。

テルはその気になれば勝手に革新派に入ることも出来た。しかし、それは父を裏切るようであまり気乗りしなかった。
だが今回テルの決意は固かった。自分はもう大人になるのだ、いくら親でも、自分の生き方にまで口を出されたくない。そう思っていた。

「いいのか?管理者は革新派のことをよく思っていない。入ったことがバレたらまともな職には就けないだろうし、学校の友達からも避けられるぞ?」

父は言った。
テルはムッとした。世間体のことなどどうなろうと構わない覚悟でいたからだ。

「周りにどう思われたっていい。人目を気にするより、やりたいことを自由にやりたい」

元々教師や生徒の親からは煙たがられていた以上、今更周りの評価は気にならなかった。


「革新派に入って、自由の為に戦いたい」


反対されるのはわかっている。しかし今日は許しを得るまで引き下がるつもりはない。テルはそう決めていた。
すると、父はニッと笑い言った。

「わかった。その言葉忘れるなよ」

その顔はどこか満足げで、嬉しそうだった。
あまりにもあっさりとした許可にテルは唖然とした。

「……反対しないのか?」

「地上へ行きたいんだろ?お前も大きくなったからな……そろそろ『計画』を始動させてもいいと思っていたところだ」

父はまるで、自分に言い聞かせるように言った。
父が何を言っているのか、テルにはよくわからなかった。

「話は終わりだ。今のうちに寝れるだけ寝ておけ。地上では安全に休めるかどうかわからんからな」

父は立ち上がりながら言った。
するとリビングを出て、廊下の一番奥にある部屋の重い扉を開けて、中に入って行った。

テルは驚いた。そこはテルが今まで一度も入ったことのない「秘密の部屋」
だったからだ。
中には一体何があるのか、テルは気になって何度か侵入を試みたが、鍵は常に父がペンダントと一緒に首にかけて厳重に管理していた。

テルは仕方なくベッドに潜ったが、その日は父の発言や行動が気になって、よく眠れなかった。

〝そろそろ『計画』を始動させてもいいと思っていたところだ〟

計画とは一体何なのだろうか。



翌朝、テルは寝坊してしまった。
目覚まし時計をかけたはずなのだが、寝ぼけて二度寝してしまったらしい。
父は起こしてくれなかった。
時刻は午前11時を回っていた。

普段
なら焦って家を飛び出すところだが、これほどの大遅刻だと開き直ってしまい、逆に気が楽になっていた。幸い管理者の来校演説は1時からで、まだ十分時間がある。テルはのんびりと学校に向かうことにした。


口笛を吹きながら貧困層の中央区へとやってきた。
道中、富裕層から来た者に変な目で見られたが気にしない。気分は上々だった。自分は遂に、念願だった革新派への参加
が許されたのだ。

(おれは最先端の考えを持つ革命集団の一員になれるんだ。もしかしたら革命が成功した日には、人間を地上へ解放した者の一人として後世に名が残るかもしれない……!)

そんなポジティブなことを想像しながら歩いていると、いつの間にか大階段の前に着いていた。

ハッと我に返り、ある異変に気づく。

いつもは騒がしい中央区に、誰も人がいないのだ。
周りを見渡すと、いつもは労働者と言い争ったり貧困層の悪口を楽しんでいる富裕層の監督たちもいない。

普段通りなのは、大階段の重層扉の前に立って、勝手に階段を上がる者がいないか監視している警備員数人だけだ。

(一体みんなどこへ行ったのだろう)

するとテルの目に、どこへともなく走っていく一人の男が映った。
テルは跡をつけてみる事にした。


少し走ると、男は入り組んだ路地を通り、IGの中でも貧困層より更に地下にある「ジェネレータールーム」へと降りて行った

テルは一瞬入るのをためらった。
ここは昔から人の寄り付かない場所だった。
小さい頃に一度、興味本位で中に入った事があるが、薄暗くてだだっ広い空間に発電機らしきものが数基あるだけで、なんだが妙な匂いがした。

入り口を覗くと、先程の男が焦ってポケットから何かを引っ張り出し、顔に装着している。

それはガスマスクだった。顔全体を覆うものではなく、鼻と口を覆うロアフェイスマスクというものだ。
なぜそんな物を着ける必要があるのかテルにはわからなかったが、自分が以前入った時は体に異常は見られなかったし、なによりこの先には何かがある気がして、テルは足を踏み入れた。


そこには、貧困層で暮らすほぼ全ての人が集まっていた。200人はいるだろうか、全員がマスクをしている。

松明が焚かれ、奥にいる一人の人物を取り囲むように密集する人々を照らしている。
皆仕切りに「そうだ!」「異議なし!」と騒いでいる。

テルは直感した、これは革新派の決起集会だ!

「IGで起こった食糧危機は、食料が限られているにも関わらず、富裕層が過度な分配を要求した事が原因だ」

奥の人物は言った。

「「「 そうだッ‼︎ 」」」

周りが呼応した

「結果、シワ寄せを食らった我々貧困層の生産力が落ち、さらに食糧不足になるという悪循環に陥った!にも関わらず、管理者は銃をちらつかせて我々の主張を弾圧し、富裕層はこれまで通り贅沢な生活を送っている!」

「「「 そうだそうだ‼︎ 」」」

「もはや我々がこの地下にとどまる理由はない!今こそ新たな社会を築くため、地上を目指し、自由を掴む時だ‼︎」

「「「 異議なァーし‼︎‼︎ 」」」
「「「 そうだそうだ‼︎ 」」」
「「「 カーネル万歳‼︎‼︎ 」」」

皆口々に、カーネルと呼ばれる人物に応じて叫んでいる。
テルは手を震わせた。奥の人物の声が誰のものかわかったからだ。

「親……父……?」

それは紛れもなくテルの父親だった。

テルの父親は昔から大人しく寡黙な性格だった。真面目に働き、平凡で退屈な毎日にも文句一つ言わない。
それがなおのことテルを驚かせた。

「親父が……革新派の指導者……?」

テルにはそれが嬉しかった。
その時、外から男が入ってきて叫んだ、

「大変だ!管理者直属護衛団だ!」

「チッ……思ったより早かったな。全員動くなよ。まだ戦う時じゃない」

父が、カーネルがそう言うと皆静まり、
ガシャガシャと音をたて、武装した集団が入ってきた。

集団は隊列を組み、銃口をカーネル達に向けている。これまた全員マスクを着けていた。

テルは近くの物陰に隠れた。

その時、隊列の中心が割れ、そこから一人の男が歩いてきた。

「今日はやたら貧困層が静かだと、監督官たちから聞いて来てみれば……こんな汚い所で大騒ぎですか」

イワーノフ管理主任は鬱陶しそうに言った。

「まぁここで諸君らが何をしているかは察しますが、その上で、諸君らの為を思って言っておきます。無駄な暴動はやめた方がいい、大切な家族や友人が死ぬかもしれませんよ?」

「お前さん達にとっては無駄な暴動でも、俺たちにとっては生きる為の革命だ」

カーネルは静かに言った。

「ほう、これはこれはアーウィングさん。やはりあなたが主犯でしたか。私への恩を仇で返すおつもりですか?」

「それは申し訳ないと思っている。だが俺とここにいる皆、そしてテルは、これ以上地下に留まるわけにはいかないんだ」

「そうですか……やはりあなたを招き入れたのは間違いだったようですね」


(「招き入れた」?何のことだ?)

テルは疑問に思った。

「革新派の諸君!これが最後の警告です。無駄な抵抗はやめなさい!地上なんてものはありませんし、武器は全てこちらにあります。無駄な血を流したくはありません」

「こちらこそ忠告する。もし貧困層の食料分配量を人口に相応なものにしてくれるのなら、ちょっとは考え直してもいい」

しばらく張り詰めた空気が流れた。
テルは頬の汗を拭いた。まさに一触即発の雰囲気だ。

するとイワーノフのため息が沈黙を破った。

「フゥ……諸君らには何を言っても無駄なのは前々からよくわかってましたよ。わかりました、もう結構です。これ以上は何も言いません!どうなっても文句は言わないで下さいね」

そう言ってイワーノフは踵を返した。

「いいのか?お前さんの取り巻きが持ってるライフルで今俺たちを殺しておかなくても」

カーネルはニッと笑い言った。
イワーノフは背を向けたまま答えた。

「いくら銃を持っているとはいえこちらは10人。200人近い人数で反撃されては、流石に分が悪いのでね……」

「地上を信じる危険分子は、即弾圧するのがお前さん達のやり方じゃないのか?」

「いい加減にして下さい。こんな所で発砲なんかできないとわかって言ってるんでしょう?」

イワーノフは吐き捨てる様に言うと、隊を引き連れて帰って行った。


しばらくしてカーネルが言った。

「重要な事は全て話した通りだ。みな時が来るまで、最後の地下生活を楽しんでくれ」

すると集まった者たちもパラパラと帰って行き、ジェネレータールームにはテルとカーネルを含めた数人が残った。

カーネル以外の者は、発電機らしきものをいじっている。

「親父……!」

テルは物陰から立ち上がった。

「⁉︎……テル」

突然の出来事にカーネルは驚いた。
テルはカーネルの元へと駆け寄った。聞きたいことが山ほどあった。

「親父は革新派の指導者だったのか⁉︎、『招き入れた』って何の事だ⁉︎管理者と戦うのか⁉︎」

「落ち着け、そんないっぺんに聞かれても……ちょっと待て!お前マスクはどうした⁉︎」

「え、マスク?……みんな着けてたけど別におれはなんともないぞ?」

テルは本当に何の異常も感じていなかった

「……あ……そうかそうだったな」

カーネルは何か思い出したように、妙に納得していた。

「あぁ、確かに革新派を組織したのは俺だ。さっきのやりとりも宣戦布告みたいなもんだ」

テルは細い目をした。

「……何で革新派のリーダーだって、今までにおれに黙ってたんだ?」

「お前どころか貧困層の皆にだってさっき顔を明かしたばかりだ。指導者は真っ先に引っ捕らえられるだろうからな、それは避けたかった。今までは『カーネル』という偽名だけで姿を隠して活動していたよ」

「じゃあ顔を明かしたって事は……」

「あぁ、管理者と戦って地上へ行くということだ」


テルはそれから色々な事を聞いた。

管理者は全ての武器を自分たちが掌握してると思っているが、実は隠していたものをすでに貧困層の男たちに支給してあること。
攻撃は今夜。貧困層と富裕層を隔てる大階段の重層扉が閉まり、上の警備が最も薄い深夜2時に決行すること。

「お前も家で待機してろ。俺もじきに戻る」

そうカーネルに言われ、テルはジェネレータールームを出た。
当然、今更学校へ行く気にはならなかった。

(管理者の演説と言ってもどうせ大したものじゃない。第一、自分はもうすぐここを出るのだ。学校の成績とか、就職とか、そういう面倒なしがらみは一切なくなる)

だから、もう嫌々学校へ向かう必要はなかった。

テルは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
これから戦いが始まろうとしている。長らく地下に閉じ込められてきた人々が地上を目指す時が、自由への戦いが。



爆音でテルが目を覚ました時、時刻は深夜2時を回っていた。

「しまった……!」

テルはソファーから跳ね起きた。
家に帰ってから緊張でドッと疲れが押し寄せてきたのを感じ、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

(親父は、最初に大階段の扉を何度か爆撃して道を開くと言っていた。今のはその一発目だろう)

テルは高鳴る興奮と共にリビングを出た。
すると、廊下の奥から何やら明かりが漏れている。


(「秘密の部屋」
が……開いてる? )


テルは気になって、吸い込まれる様にその中へ入って行った。


部屋の中はリビングと同じくらいの広さだった。
床にわずかな弾薬が転がっており、何かを大量に運び出した跡がある。
おそらく、支給したという武器はここに隠されていたのだろう。

そして、そこにはカーネルが居た。

カーネルはいつもの格好ではなく、古びた薄茶色のコートを着ていた。ダスターコートというやつだ。

「テル、起きたか」

「……!……親父、それ……」

テルはカーネルの背中を指さし、興奮気味に呟いた。心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


その背中には『星のマーク』が描かれていた。


以前夢の中で見た、小さな五つの星が大きな黒い星を囲むように描かれたマークである。

テルは生唾を飲んだ。

「親父、そのマークって一体……」

再び外で爆発音が鳴り響いた。
あと少しで扉は破られるだろう。

その時、テルは壁に大きな軍旗が掲げられていることに気がついた。
旗にはカーネルのコートと同じ、星のマークが大きく描かれている。

そのマークの下には、こう書かれていた。




A L L S T A R .




重層扉が崩れ落ちた。




~To be continued~

(story.2)宣戦布告

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