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(story.16)光と影

わたしは星を見ていた。
青く澄んだ夜空に光る星を。

空には、エンピツみたいな形をした大きなものが飛び交っていた。それは火を噴射し、空に軌跡を残してゆく。

まだ幼かったわたしはコンクリートの建物の入り口から顔を覗かせ、奇妙な夜空を眺めていた。目の前の草原には当時のわたしと同じくらいの年頃の少年が立ち、空を仰ぎ見ている。

すると、少年の元へ女の人が駆け寄った。
わたしの育て親でもあるその人は、胸のポケットに『星のマーク』が描かれた白衣を着ている。女の人は少年を強引に抱きかかえると、わたしのいるコンクリートの建物へと滑り込んできた。すれ違いざまにわたしの服を掴み、少年と一緒に建物の奥へ投げ飛ばす。

その時、遠くの空で何かが光った。

朝になったかと思うほど強烈な光が、一瞬空を覆った。
風が光の方へ吹いた。すると、遠くに見える街や森、ありとあらゆるものが、押し寄せる光の波に飲み込まれていった。

女の人は急いで扉を閉めた。
あたり一面が暗闇に包まれた。



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家の外でニワトリの鳴き声がする。
一階からはコトコトと鍋を煮る音がした。
崩れ落ちた壁の穴から差し込む朝日を浴びて、16
歳の少女 エレン・リーフィは寝返りをうった。

充分な睡眠をとったからか、起きたばかりなのに目が冴えている。寝ころんだまま伸びをし、体力が戻るのを感じるとベッドから起き上がった。

「またあの夢かぁ……」

エレンは寝癖のついた山吹色の髪を指でとき部屋を出た。
階段を下り、洗面所に置いてある水タンクの蛇口をひねって顔を洗う。ついでに棚に手を伸ばし、薬瓶から錠剤を取り出して喉へ流し込んだ。そのまま足元に置かれていた木のバケツを掴み玄関へと駆け出す。

「行ってきまーす」

玄関へ向かう道すがら台所に向かって叫ぶ。すると、いつも通り「あいよー」と声が返ってきた。
玄関の木造扉を軋ませながら開くと屋内に光が差し込む。
エレンはその光の中へと飛び込んだ。



[A.D.2195 / 1 / 7 ヴラジ周辺]

ランドクロスはヴラジを旅立ち、目の前に広がる廃墟群を走っていた。

「あのご老人は、スラブヤンカという街でかつての仲間と別れたと言ったか……どうだレフ、それらしい街はあったか?」

カーネルはハンドル片手に操縦室の床にしゃがみ込んでいる同年代の男に尋ねた。
ランドクロスの操縦室は通常のトラックの運転席とは違い、ちょっとした小部屋ほどの広さがある。助手席はなく、奥に運転席がある。
天井は高く190cmのカーネルが立っても頭がつかない程だ。

「レフ!聞いてるのか?」

「ンっ……あぁ聞いてる聞いてる。えーと……あぁある。文字がボヤけててよく見えンが」

うたた寝していたレフは目を覚まし、ヴラジで貰い受けた古い地図の真ん中辺りを指差した。
地図は相当な年代物で、所々腐食している。左下には、かろうじて「2063」という文字が見受けられた。ちょっと引っ張っただけでも簡単に破れてしまいそうで、カーネルが地図を受け取る際、亀裂が入るような音がした。

「イマイチ地上の実態を掴めてない。まずはスラブヤンカを目指し、そこで南下した人々や帝国のことと並行して、テルの行方を調べよう」

カーネルは言った。
レフは頭の後ろに腕を回し、壁にもたれかかった。

「よかったのかい?あン
な得体の知れない連中にテルを渡しちまって」

カーネルはうなずいた。

「連中はテルのことを『貴重な存在』と言った。殺すことが目的ではないはずだ。まぁそれでも、最悪解剖くらいはされてしまうかもな。それまでに何とかしなくては」

レフは薄く目を開いた。

「まぁそうなンだけどさ、いいのか?そんな簡単に助けちまって。テルは『自分の力でどうにかする』って言ったンだぜ?」

「あくまでも、本当にヤバい状況になった時に補助するだけだ」

カーネルは地図をレフに返し、ハンドルを大きくきった。遠くの空を見つめながら、小さくため息をつく。

「あいつには母親がいないからな。ひとり立ちするまでは、俺が見ているしかない」

ランドクロスは廃墟の街を抜けると、荒野を縦断する砂に埋もれた一本道から外れ、西へ向かった。

やがて海が見えた。海沿いにはわずかながら草が生えており、空を海鳥が舞っている。カーネルたちはその海岸線に沿って、スラブヤンカを目指し南下していった。



ヴラジから南西へ180キロ、アムール湾に面する沿岸の町 スラブヤンカ。
総人口100人ほどの小さな町だが、閉鎖的なヴラジに代わりヴォストーク区の貿易の中心を担う、区内第二の拠点である。ここには行商人やヴラジからの輸送者の他に、たびたび帝国兵がやってきて町に金を落としていく。

町の中央にある宿屋兼酒場「酔った小熊亭」の一階ラウンジには、今日もみすぼらしい服を着た労働者たちが昼食をとりにきていた。

「それで?今度はどこでやりあったって?」

擦り切れたジーンズを履いた農夫がカウンターに身を乗り出し、亭主の読む新聞を覗き込んだ。亭主は露骨に嫌な顔をする。

「読みてェんなら自分で買いな守銭奴。俺は人に読ませる為に買ってるわけじゃ………おい聞いてるのか?」

お構いなしにページをめくろうとする農夫に、亭主はため息をついた。

「『同盟』とだよ。わかったら手ェ離せ」

「またか。今度はどこだ?トルキスタンか?北方領土か?」

「知るかよ。またむこうがちょっかい出してきたとしか書かれてねェんだから」

 

農夫はカウンターに肘をつき、コーヒーをちびちび飲んだ。

「いいなぁ……いつまでも小競り合いばっかやってないでさっさと戦争でもすればいいのに。敗戦後、ヴォストーク区は同盟に併合〜なんてなったら最高だね」

すると窓際のボックス席にいた女が口を挟んだ。

「とんでもないこと言わないでよ。戦争になったら男なんか皆駆り出されるわよ?どうやって女だけでここを切り盛りするのよ」

「つってもキツいんだよなぁ帝国の徴税は……同盟の植民地連中のがまだ幸せそうに見えないか?」

「よそのメシは美味そうに見えるわね」

女はパンの耳をかじりながら投げやりに言った。

すると、カウンターのラジオが黒板を引っ掻いたような音を出して止まった。亭主が慣れた手つきでラジオを叩くと、再び店内に音楽が流れる。
しかしそれは、すぐに空気を切り裂くプロペラの音に掻き消されてしまった。
それを聞いた亭主はパンパンと手を叩く。

「ほーらおいでなすった!みんな窓際の席に移動してくれ!それが嫌なら、買うもん買って店から出るんだ」

亭主は店内全員に呼びかけ、新聞を丸めた。
労働者たちはブーブー文句を言いながらも移動を始める。
外で数機のヘリが着陸する音がした。
しばらくすると、宿屋の扉が開いて帝国兵たちがぞろぞろと入ってきた。

「へへへ……いらっしゃいませェ」

亭主はゴマを擦りながら、にやにやと作り笑いを浮かべる。
帝国兵たちが当然のように空けられた席へ座ると、亭主は兵たちの元へ駆け寄り、注文を取った。
兵の一人が仲間たちから集金し、まとめて亭主に支払う。

亭主は手渡された紙幣を見て、内心舌打ちした。

(チッ……また『帝国元』か。普通に物々交換してくれよ)

しかし口と表情には出さず、笑顔のままその場を立ち去る。
すると、店の端で一人の少年が、三人の武装した兵に囲まれているのが見えた。その少年は手錠を掛けられ何やら辺りを伺っている。
亭主は少年を怪しみながら、紙幣をポケットへ突っ込みカウンターへ戻っていった。


テルは店内の隅にしゃがみ込み、帝国兵たちから逃げ出す方法を考えていた。頭上の兵士の目線を伺い逃げ道を探るが、かせられた手錠とそこから伸びる紐が兵士の手に握られている以上、逃げ出すのは至難の技だった。
万が一逃げ出せたとしても、酒場の外ではヘリの燃料や食料を補給する下っ端の兵士たちが駆け回っている。

(くそッ……一体いつになったら自由になれる。こいつらから逃げれば自由になれるのか?)

テルは一人嘆息した。兵士を見上げると、その兵士は警戒するような目でテルを見た。
その目は「妙な真似をするなよ」と言わんばかりの鋭く威圧的なものだった。それが恐怖からくる威圧だとテルにはわかった。

(あのチェンとかいう男は、おれの事を『アトミック・ソルジャー』と呼んだ。何のことかわからんが、おそらくイワーノフやストロガノフと対峙した時の記憶の損失と、何か関係があるんだろう)

テルは再び頭上の兵士の顔を見上げた。

(IGの戦いでは半信半疑だったが、ヴラジで同じことがあって確信した。おれは何かしらの力を使ったんだ。そしてその力のことは、こいつらもよくわかってないんだ)

テルを取り囲む兵士たちは皆、平静を装っていたが、常にホルスターの拳銃に手を当て、5秒置きにテルに目をやっていた。
テルの隣に立つ兵士に至っては手が汗で湿り、握っている紐がずり落ちそうだった。

(今あの力を使えば、ここから逃げられるか……?)

そう思ったが、テルには肝心の使い方がわからなかった。
イワーノフグラードの戦いでもヴラジの反乱でもテルはこの力に助けられたが、二回ともテルの意思に関係なく発動していた。好きに扱える便利な代物とも思えなかった。

亭主はコーヒーカップを満載した盆を持って、兵士たちの待つボックス席へとやってきた。恐る恐るコーヒーカップを机に移していると、宿の扉の鈴が鳴った。

店内にいた全員の視線が店の入り口に集中する。
屋外では太陽が雲から顔を出し、地表に光を注いでいた。しかしその光が宿の中に差し込むことはなかった。

扉の前には巨大な鎧が立ち塞がり、店内に影を落としていた。

全身を鎧で包んだその者は、
2メートルはあろう巨体で、雫ような形の兜を被っている。兜には小さな覗き穴と通気口があるだけで、顔は見えない。
奇妙だったのはその鎧の形で、大きく膨らんだ胴体に対し、それを支える両の手足が異様に細かった。
そしてそれ以上に目を引いたのは、頭に油でもかぶったのか、全身を黄色い液体で濡らしていることだった。

この鎧の人物を見るなり、亭主は露骨に嫌な表情を浮かべた。

「ン……ギ……」

鎧の人物はまるで数十年ぶりに言葉を発したような「音」を腹から出した。
ひたひたと黄色い液体が床に滴る。

「オイ……ル……」

その鎧は、ゆっくりと店の中へ踏み込んだ。



~To be continued~

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