top of page

(story.14)襲来

5機のヘリが、オレンジ色の朝日を浴びて空を飛んでいた。先頭を飛ぶヘリの通信士が、ヘッドホンのマイクを口に寄せる。

「こちら005、ヴォストーク区上空。まもなく区都ヴラジに到着します。どうぞ」

《……ザザ……こちら004。こっちの隊はあと10分くらいだ。どうぞ》

《002、今スラブヤンカを発った。30分ほどかかる。先に行っててくれ》

通信士は「了解」と応じ、フゥと一息つく。
すると、普段は付かない通信席の赤いランプが点滅した。通信士は焦ってヘッドホンを耳に押し当てる。

《ザザ……ザ……001と003は既に着いたようねぇ?》

そのねっとりとした声は、舌舐めずりするように言った。

《他の隊も遅れをとっちゃだめよ?手柄を立てれば、私の昇格にあやかれるかもしれないんだから。さぁて、次の司令官は一体誰かしら》

通信士は乾いた唇を舐めた。そして、002、004、005三隊の通信士は同時に「ハッ!」と応じた。



「なぁカーネル、一つ聞いていいか?」

ヴラジにて、酒場の前に繋がれている富裕層の男が尋ねた。決起の夜、テルたちを市長たちが待ち伏せる裏路地まで誘導した男だった。

「あんたは俺たちを嵌めた。だが労働施設で俺たちを見た時は何も言わなかった。あの時、俺たちが敵だってことには気づいてたのか?」

カーネルは無精髭を掻き、上の空で考えた。

「あぁ。天井に爆弾を仕掛けた時、お前さんたちの仲間が裏路地に隠れるのを見た」

「なら……『信頼している』というあの言葉も、全て嵌める為の嘘か?」

富裕層の男の表情が険しくなった。眉間にシワを寄せ、唇を噛み締めている。

「騙す方より騙される方が悪いんだろ?」

カーネルが言った。
すると男は吹っ切れたように笑い出した。

「ハハハ……!あんたは……酷い人だ」


「カーネルさん!カーネルさん!!」

イリーナがラビを連れてカーネルの元へ駆けてきた。ただならぬ様子で叫んでいる。
すると、カーネルの近くにいたヤギ髭の老人が、ラビを見て目をひん剥いた。

「ミ……ミストラルの子どもじゃないか!なんでこんなところに!?」

老人はラビを指差し叫んだ。

「ミストラル?」

カーネルは復唱したが、老人の耳には驚きのあまり届いていなかった。

「……どうやって手なずけた?」

「手なずけたと言うか、彼女にしか懐いてませんけど……」

カーネルはイリーナに視線を送った。
イリーナは地団駄を踏んでいた。

「そんなことよりヤバイよ!囲まれてる!」

イリーナが叫んだ。
すると、カーネルたちの元へ四方八方から住人たちが押し寄せてきた。
街の中心にある酒場に、何かから逃げるように人が集結する。大勢の者がしきりに叫び、中には撃たれて負傷している者もいる。

「貴様!何をした!?」

ヤギ髭の老人がストロガノフに掴みかかった。
ストロガノフは訳もわからず首を横に振った。

「ぼ、僕は何もしてない!」

街のあちこちから銃声が聞こえた。
カーネルは酒場の屋根に上り、街を一望した。

明らかに組織的な集団が銃をちらつかせ、逃げ惑う住人たちを街の中心部へと追い込んでいる。賭場の角から、路地裏から、大通りから、統一された装備を纏う集団が現れる。やがて集団は酒場を囲い、住民たちを包囲する。

「誰だ貴様らァーー!!」

ヤギ髭の老人が叫んだ。
面食らっていた住人たちも対抗し、銃を構える。するとカーネルがそれを止めた。

目の前の集団は、よく訓練された鎮圧隊だった。全員が茶色の軍用ヘルメットと迷彩服を着用し、整備の行き届いたアサルトライフルと拳銃を携えている。
到底、急ごしらえのヴラジの民兵たちでは敵いそうになかった。
謎の集団の一人が、ヘッドホンを耳に押し付け誰かと通信している。

「住人はこれで全部か!?」

通信していた兵士が住人たちに叫んだ。
住人たちは顔を見合わせた。
すると、裏路地から三人の兵士が誰かを連行してきた。

「離せ!一人で歩ける!」

金歯の男は抵抗した。男はすぐさま住人たちの元へ押し込まれるのかと思いきや、なぜかその場で差し押さえられた。

一人の兵士が金歯の男に歩み寄った。
腹部のバックから円盤のようなものを取り出し男の前に置く。すると、円盤から青白いホログラムが映し出された。

ホログラムは立体的で、人の形をしていた。カーネルたちを囲む兵士とは違い、制帽と将官服を身につけている。将官服にはまるで権力と実績を誇示するかのように、これでもかと勲章が付けられ、制帽には『月のマーク』のワッペンがあった。

《初めましてぇヴラジの諸君》

ホログラムはカーネルたちにウインクした。
その巨大な傷が刻まれた勇ましい顔には似合わぬ口調と行動に、市民たちは何とも言えぬ細い目をした。

「誰だか知らんが何の用だ?お呼びでないぞ」

ヤギ髭の老人が冷たく言い放った。
ホログラムは腕を組んだ。

《そう身構えなくてもいいわ。ワタシたちが用があるのは、アナタたちじゃないから》

するとチェンは、金歯の男の存在に初めて気づいたかのように足元を見下ろした。

《あら、あらあら、これはこれはローゼン将軍じゃな〜い!本国の方で何かやらかして左遷されたって聞いてたけど……その様子じゃ、この街でも底辺にいたみたいね》

ホログラムは金歯の男のボロ衣を見て言った。
すると、金歯の男を身体チェックしていた兵士が、何かを見つけた。見つけたその物体をチェンに見せる。
それは金歯だった。しかも、ただの金歯ではない。歯の裏側にボタンのようなものが付いており、伸縮するアンテナが内蔵されている。

《将官用の……緊急無線通信機。こんなものを取り忘れるなんて本国の連中も抜けてるわね。まぁ、おかげでワタシは大手柄にありつけるんだけど》

ホログラムは嬉しそうに言った。
対して金歯の男、ローゼンは憎々しげに歯軋りしていた。

「忘れるなチェン。私を首都へ戻すのが先だ。そうしなければ『あれ』の居場所は教えん」

《わかってるわよ。まぁ、上層部もあなたの話を聞きたがるでしょうから、どっちにせよあなたは首都へ戻ることになるわ》

チェンと呼ばれたホログラムは、落ち着き払って言った。

「おい!訳のわからん話をしてないで説明しろ!お前たちは何なんだ!?」

ヤギ髭の老人が口を挟んだ。
チェンは何も言わなかったが、ローゼンはうつむいて口を開いた。

「すまない……本当はあなた方と共に自由になるつもりだった。だがそうはいかなくなった。詳しい事は言えないが、状況が変わったんだ」

老人は話が見えず、黙りこくっていた。

「私はこの地を離れる。だが、8年間世話になったこの街を忘れはしない。何とかして暮らしやすい街にする。だから今は、何も言わず彼らの言う通りにしてほしい……」

ローゼンの声は苦渋に満ちていた。

するとチェンは、満を持してローゼンに顔をすり寄せた。ローゼンは眉を寄せ、チェンに何やら耳打ちした。
それを聞いたチェンは、思わずほころんだ。

ヤギ髭の老人は結局何もわからず、再び声を上げようとしたが、それを止めるようにチェンが叫んだ。

《ストロガノォーーーフ!!》

人混みが割れ、酒場に繋がれた市長の姿があらわになった。ストロガノフはチェンと対峙し、思わず目線を逸らす。
チェンはそんなこと意に介さず、ニコりと笑い宣告した。

《当然だけど街の秩序が崩れた以上、ヴラジを『第一級重要拠点』として認めるわけにはいかないわ》

改めて事実を告げられたストロガノフは、耐え難い損失感を抑え込むように歯軋りし、口の中で呻いた。

「第一きゅ……何の話だ!?」

老人はたまらず尋ねた。
チェンはため息をつき、説明する。

《この国にはルールがあるの。数ある街の中でも特に目覚ましい労働力を示した街には『第一級重要拠点』の称号が与えられ、税収が大きく軽減されるってルールが。この街はそうなるまであと一歩だったんだけどね》

住人たちはそれでも話についていけなかったが、なんとなく市長が躍起になって自分たちを働かせた理由はわかった気がした。

《さて、準備は整ったわ!》

チェンは酒場を囲む部下たちに叫んだ。

《この街は今後、ワタシたちの管理下に置かれますのであしからず。さぁ兵士たち!帰ったら全員の昇格を祝して宴よ!さっさと『テル』とかいうガキを回収して帰りましょ!》



ドームの街を囲む廃墟群にて、テルたちはとある高層ビルの残骸からヴラジを眺めていた。

「……なんかえらいことになってんな」

酒場の店主は双眼鏡を覗きながら呟いた。

街では住人が列をなし、背後から銃を突きつけられ、どこかへ連行されている。別の場所を見ると、列の先頭が街の地下へと押し込まれていた。

「奴らが何者か知らんが、監視しやすくるために地下牢へ追いやってるのか?」

「何にせよまずいな。司令塔が実体のない映像じゃ、頭抑えて人質にってのもムリだ」

「ひとまず俺らはここで様子見た方が……」

廃ビルの割れた窓から覗く目が口々に言った。
テルは斜めった薄暗いビルの中、きょろきょろと辺りを見回していた。

「なぁ、ジョージはどこ行った?」

「ん、あの丸顔の坊ちゃんか?……そういや見てないな」

酒場の店主は双眼鏡から顔を上げ言った。



テルたちのいる廃ビルの隣の高層マンションにて、ジョージはうつ伏せになり、狙撃銃を構えていた。割れたガラス窓から銃口が突き出ている。

(『月のマーク』……やっぱり……!)

ジョージは高鳴る心臓を抑えた。スコープ内には、映写機から映し出されるホログラムを捉えていた。ホログラムは、慣れた手つきで兵たちに指示を与えている。

(あれを潰せば……指揮系統が狂ってカーネルさんたちの逃げ場が出来るか……?)

ジョージは呼吸を整え、狙いを定めた。



その時、背後で物音がした。

ジョージは急いで振り返ったが、気づけば何者かに床に押さえつけられていた。
背後の者は慣れた手つきでジョージに猿轡を噛ませ、手錠をかける。
ジョージは眼球を限界まで後ろに回した。すると、視界の隅に三人の男が映った。いずれもスコープを介して見た街の兵士たちと同じ格好をしている。

「動くな」

兵の一人が、ライフルの銃口をジョージの背中に押し当てた。ジョージの呼吸が荒くなる。
兵は自分のポケットを漁り、通信機を取り出した。

「ネズミを捕らえました」

すると、通信機から声が聞こえた。

《ご苦労様。あんぽんたんな狙撃手に、スコープの反射光のこと教えてあげなさい。005はそのまま街周辺の巡回にあたってちょうだい》

チェンはそう言うと、何事もなかったように受話器を置いた。



なぜこんなことになったのか、自分はこれからどうなるのか。

海外に出て初めて、本当の危機に直面し、ジョージは身震いした。背中に銃を突きつけられた経験などなかったし、今後どうなるのか、まるで想像もつかなかった。

兵たちは小声で、ジョージの処分を話し合っている。

「……どうします?」

「連れて行くのも面倒だ。この場で殺すか?」

兵たちは、ジョージには言葉が通じていないと思っていたが、あいにくジョージの「ピースメーカー」は正常に作動していた。

ジョージは身震いした。抵抗しても勝ち目はない。かと言って、黙っていてもロクな目に遭わない。誰もいないこの場で、結局自分は何もできないのかとジョージは自己嫌悪した。母国を出るんじゃなかったと一瞬後悔した。

「ひとまず、司令の元へ連れていく。他にも仲間がいッ……」

突如、ライフルを構えていた兵士の頭が吹き飛んだ。

他の二人も驚いて振り返るが、一人は即座に胸に穴を開けられ絶命した。
残り一人は勇猛果敢に発砲したが、敵の耳をかすめただけで、懐に飛び込まれ突き飛ばされた。

ジョージは涙目で背後を振り返った。新手のクリーチャーかと思ったが、目の前にあったのは、光学銃を握るテルの姿だった。

「動くな!」

テルは倒れ込んだ兵士に銃口を向けた。

「お前らは一体何者だ?何しに来た!?」

兵はテルを睨みつけた。
テルは引き金を引き、兵士の顔すれすれにレーザーを撃ち込んだ。軍用ヘルメットの耳当てが欠け、壁に親指大の穴が開く。兵士のクセのある白髪が、チリチリと焦げた。
兵士は青白い顔をし、膀胱が緩んだ。

全く容赦のないテルに、ジョージはクリーチャーに感じたものと似て非なる恐怖を感じるのだった。



「じいちゃん、今……」

アンドレイは遠くに見える高層マンションの廃墟を指差した。何かが光るのをみたのだ。
ヤギ髭の老人は額に汗を流し、口に拳を当てて考えごとをしていた。

「ご老人、連中について何かご存知で?」

カーネルはヤギ髭の老人のに尋ねた。
老人の杖を持つ手は小さく震えていた。

「ご老人?」

「『月のマーク』……そうか奴らやはり……」

老人は意味深なことを呟くと、カーネルに目をやった。

「カーネルとか言ったか、お主たちは、確かよそ者だったな?もしこの街に定住せず旅を続ける気なら、今のうちに教えといてやろう」

老人は古い記憶を手繰り寄せるように、語り始めた。

「今から50年ほど前、この大陸の覇権を巡る大きな戦争があった。〈最後の審判〉の後のことじゃ。『統一戦争』と呼ばれるその戦いでは、各地の小国がひしめき合い、この大陸に困窮をもたらした」



「そんな中、小国でありながらも強大な軍事力を背景に、連戦連勝を重ねる国があった」

白髪の兵士は、銃口を向けるテルに唇を震わせて語った。

「やがてその小国は、大陸の東部一帯を支配するほどの巨大勢力に成長し、統一戦争は三つの大国が領土を三等分することで終息した。その内、東の領土を治めた国の名が–––––––」

「『大連帝国』……」

ジョージは呟いた。
兵士はジョージの言葉を理解したのかうなずいた。耳当てが焼き切れ露わになった兵士の耳には「ピースメーカー」がはめられていた。

「……親父たちに知らせないと」

テルは割れた窓ガラスの向こうに見える街を見た。
すると、ジョージが閃いた。

「テル、この人に『岩山の方でテルを見つけた』って上官に連絡してもらおう。狙いはテルの身柄なんでしょ?あの一団を街から引き剥がせば……」

テルは「なるほど」と賛同し、兵士を脅した。

すると、半泣きだった兵士は突然意を決したように微笑した。テルは訝った。

「連絡すればいいんだな?」

兵士は懐の通信機をかざした。
それを見たジョージはサッと青白い顔をした。通信機の電源がONになっている。

テルとジョージは急いで辺りを見回した。

錆びた机や椅子、瓦礫、古い紙やフロッピーディスクが散乱する部屋の角から、兵士たちが姿を現わした。全員がテルに銃口を向けている。
テルは目の前の半泣きの兵士を見た。

「いつから……」

「帝国を甘く見るな。ぼ、ぼくはまだ新米の通信士に過ぎないが、いずれは出世して……英雄になる男だ。貴様らのような反乱分子には屈しない!」

名もなき兵士は唇の震えを必死に抑え、涙を拭いながら立ち上がった。その顔は怯えながらも、誇りと満足に満ちていた。

テルとジョージは兵士の援軍に抑え込まれ、なす術もなく手錠を掛けられた。



~To be continued~

bottom of page