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(story.13)月の旗

テルは街の出入り口へ歩いていた。酒場や賭場が立ち並ぶ大通りを抜け、街の最北端にあるトンネルに向かう。5日前、街へ来た時にくぐった薄暗いトンネルへ入ると、奥の方でジョージが待っていた。

「ハァ…ハァ……テル……!早くしないと置いてくよ!」

走ったのか、息も絶え絶えにジョージが叫んだ。
ジョージの近くには、これまた街に来る際に乗ったキャタピラートラックが停車している。
テルはトラックのコンテナに飛び乗り、窓を全て開けた。

探索に出る30人が全員乗車すると、トラックはエンジンをふかした。
ヴラジの巨大な扉が開き、外の世界が広がる。
当然、ガイガーカウンターは反応しない。

「んじゃ、行くぞ!」

運転席の酒場の店主が叫ぶと同時に、トラックはドームの外へ向かって走り出した。



街の周辺はビルや工場の廃墟に囲まれていた。
ひび割れた道路がいたるところで交差し、所々瓦礫で道がふさがれているその様は、まるで迷路のようだった。
酒場の店主は、助手席に座る奴隷の男の指示のもと、廃墟郡を抜ける正しいルートにトラックをのせた。

倒壊した建物の瓦礫に、小さなトカゲが這っていた。空では相変わらず鳥が群れをなして飛んでいる。荷台のコンテナに乗った者たちは皆、銃を片手に、窓から顔を出していた。

「ねぇテル、傷は大丈夫なの?」

ふいにジョージが尋ねた。
テルは背後を振り返る。

「ん?」

「だって君、脇腹かどこか撃たれたろ。なんでピンピンしてるの?」

ジョージはどこか警戒するように訊いた。
テルはくしゃくしゃ髪を掻き、脇腹を見せた。
ジョージは目を疑った。傷口が綺麗に塞がっている。

「昔から怪我の治りは早かったけど、これにはおれも驚いてるよ。前にも足を撃たれたけど、どういうことか、1日も経たずに塞がった」

「えぇ……マンガじゃないんだし……」

景色に夢中で適当に答えるテルに、ジョージは細い目をした。
しかし、一方でジョージは、数時間前のテルの豹変を思い出していた。あの赤い眼といい、この治癒力といい、テルはもしかして、何か普通の人間と違うのか。そう思うと、目の前の少年が得体のしれないものに見えてくるのだった。

「もしかして……君が覚えてるかはわからないけど、カーネルさんに眠らされる直前のテルと、何か関係があるの?」

「多分な……でも今は考えてもわかんねーよ」

テルの言葉に、ジョージは呆れ返った。
テルは相変わらず空を見上げている。

「でもまぁ、そのうちわかるんじゃないか?」

テルが言った。
ジョージは首をかしげた。

「わかる?」

「あぁ、地下を出るとき親父が言ったんだ。『お前には、過酷な運命が待っている』って」

口に出して急に恥ずかしくなりテルは赤面した。それをごまかすように言葉を繋ぐ。

「だから、地上を旅していけばそのうちわかる気がするんだ。自分が何者か……–––––––」

その時、トラックがガタンと大きく揺れた。
十字路に差し掛かった時だった。

「……なんか轢いたか?」

酒場の店主がつぶやいた。
全員が臨戦態勢になり窓の外を見る。
近くの老朽化したビルが崩れていた。

その時、コンテナの天井のハッチが開き、砲座にいた男が顔を出した。

「見ろ……!」

砲手は崩れたビルの方を指差した。
テルは反対側の窓へ駆け寄った。

崩れたビルの周りに砂塵が舞い上がり、地表を覆い隠す。その中にうっすらと、巨大なシルエットが浮かんでいた。

「やっべぇ……」

酒場の店主が顔面蒼白でアクセルを目一杯踏み込み、トラックはひび割れた道路をえぐった。
やがて昆虫のような前脚が砂塵から突き出し、その全貌が露わになった。



「とある本にこんな記述があります」

ストロガノフはうつむきながら語った。
目の前には、カーネルが無言で立っている。

「『太古の昔より、人類は自然の中で生きてきた。しかし、やがて人間は自然を支配する術を手に入れた』と。僕の祖父はよく、その結果が今の地上だと言っていました」

カーネルは黙ってストロガノフの話を聞いていた。

「しかし、時は経てども人の時代は終わらなかった。〈最後の審判〉によって文明が崩壊し、原始の時代に戻ってもなお、人は未だ果てのない争いを続けている。半世紀前にこの地の民がドームを築いたのは、そういった争いから、自分たちを隔離する為だったんじゃないかと、僕は考えています」

「やはり放射能のせいではなかったのだな」

カーネルは腕を組んだ。

「半世紀経ってもドームを壊さなかったのは、その『争い』が未だ続いているからか?」

ストロガノフの目が泳いだ。
負傷した左腕を気遣うように座り直す。

「僕の口からはなんとも言えない……ただ一つだけ言えるのは、あなた方はいずれ思い知るということです。地下という楽園を捨てたことの、愚かしさを……–––––––」



廃墟郡を走るキャタピラートラックの後方で、大きな音がした。どうやら、追ってくる大型クリーチャーが、ビルの残骸に突っ込んだらしい。ガラガラと瓦礫が崩れ落ち、砂煙が上がる。

テルは窓から身を乗り出し、舞い上がる砂煙に向かってライフルを撃ち込んだ。
他の者たちは初めて見るクリーチャーに腰を抜かしていたが、やがて銃を手に立ち上がった。

すると、それは砂煙の中から、何事もなかったかのように飛び出した。
全長6、7メートルはあろう巨大なカブトガニが、もしゃもしゃとタヌキのようなものを食べながらこちらに迫ってくる。

トラックから放たれた無数の銃弾がカブトガニに直撃する。しかし、全て甲羅に跳ね返されてしまった。コンテナ上にマウントされた砲座が火を噴くが、甲羅はその砲撃さえもしのいだ。砲弾により、カブトガニの周囲に煙が広がる。

テルは窓から身を乗り出したまま眉をひそめた。すると、背後からジョージが叫んだ。

「テル!運転手に伝えて!」

「何を?」

「スピード落としてって!」

テルがジョージの言葉を酒場の店主に伝えると、トラックはわずかに減速した。揺れが軽減される。
ジョージは眉間にシワを寄せ、引き金を引いた。

放たれた7.62x54mm弾がカブトガニの豆のような眼を貫いた。それと同時に、カブトガニはよろめき減速する。

怯えていた者たちは歓喜した。トラックはスピードを上げ、一気に廃墟郡を駆け抜けた。



廃墟郡を抜けると、荒涼とした見晴らしのいい荒地に出た。周囲は一面、ジャリと岩の大地で、遠くには岩山が見える。

コンテナ内では、ジョージが皆に祭り上げられていた。それをよそにテルは、コンテナと操縦室を繋ぐ覗き窓から酒場の店主と話していた。

「……何?『立ち入り禁止の看板』?」

酒場の店主はテルに訊いた。
金網の向こうのテルがうなずく。

「5日前、ヴラジへ向かう途中に見たんだ。岩山の間を移動してる時、一瞬だけ。ここからそう遠くはないはずだ」

テルは遠くに見える小高い丘を指差した。トラックが走っている道路はその丘の上へと続き、そこには岩山がそびえているのが見える。
酒場の店主は目頭を掻いた。

「そういえば……ガキの頃に聞いたことがある。『禁じられた地』の話」

「『禁じられた地』……?」

テルは目を輝かせた。

「そうさ。なんでも北には人の住みつかない場所があって、俺たちの先祖はそこから来たっていうんだ。てっきり、年寄りの戯言かと思ってたんだが……」

「じゃあ、おれが見た、立ち入り禁止の看板がその……?」

「そこまではわからん。だが、行ってみる価値はありそうだ」

酒場の店主はシフトレバーに手を伸ばした。


その時、ズドンという重い音がトラックの後方で響いた。
全員が窓から顔を出す。
ジョージは青白い顔をした。

遥か後方で、負傷したカブトガニが砂煙を上げてトラックを追ってきていた。残された二つの目が怒りで赤く光り、先ほどの三割増しのスピードで迫ってくる。

「またかよ!」

酒場の店主はシフトを高速ギアにいれた。

乗組員たちが再び車窓から銃を乱射するが、当然、甲羅に弾かれて致命傷にはならない。
テルはアサルトライフルを床に投げ捨て、コンテナ内の大きな袋を漁った。

「これじゃダメだ!何か他に武器は……」

このトラックは元々、街で修理した品を内外へ運ぶ為に使われていたので、いくらかの品が積まれたままだった。
テルは袋をひっくり返した。無数の銃が床に散らばる。するとその中に、細長いアタッシュケースを見つけた。

「……?」

テルはケースを取り上げた。


そうしている間にも、猛スピードで大地を駆けるトラックと、それに追随するカブトガニとの距離は着々と縮まっていた。
ジョージは舌打ちしてスコープを覗いた。

「揺れすぎ!狙えないよ!!」

周りでは乗組員たちががむしゃらに銃を撃っていたが、弾は相変わらず甲羅に弾かれている。

再び速度を落とす旨をテルに伝えてもらおうとジョージが振り返った時、背後からテルが走ってきた。
テルは窓から身を乗り出し、武器を構える。

ジョージは目を丸くした。
テルはどの銃とも似つかない、奇妙な形状のライフルを握っていた。大きさは他のアサルトライフルと変わらないが、まるでSF小説にでも登場しそうな未来的なフォルムをしている。色は白を基調とし、スコープ、グリップ、バレル等の黒が引き締まった印象を与える。

「光学銃……?」

ジョージはつぶやいた。
テルが引き金を引くと、銃のバレルが赤い電流を帯び始めた。エキゾーストのような音が響き、電流は次第に太くなる。その光で、銃のフレームの「Mk-1」の文字が照らし出された。

「……あれ?」

いつまで経っても発射されない銃の側面を、テルが覗き込んだ時だった。

ライフルから赤い光が放たれた。
光線は一瞬で遥か彼方にまで伸び、カブトガニの堅牢な甲羅を貫く。そして気がつけば、赤い残光を残して消えていた。

トラックの後方で砂煙が上がった。
カブトガニは急停止し、その場にうずくまる。

「うわぁ!?」

ジョージは思わず飛び退いた。
乗組員全員が驚いて、テルの手元を見る。
テルは丸い目で、奇妙なライフルの側面を撫でた。するとフレームから排熱フィンが飛び出し、白い蒸気を発する。

「なんだ?何があった!?」

酒場の店主が覗き窓から叫んだ。
テルは適度に熱された銃身を爪で叩いた。熱さで指先が痺れ、テルはニッと笑った。



トラックは丘を駆け上がり、岩山と岩山の間の道を走った。まるで、大きな岩を二つに割って出来たような道で、両脇の切り立った岩肌が、周囲の景色を隠す。
岩山の道に入って数分後、左手の岩肌にフェンスが見えた。

「……あれか」

酒場の店主はブレーキを踏んだ。


停止したトラックの横には、一箇所にだけ不自然に張られたフェンスがあった。フェンスには南京錠のかかった扉があり、その横に朽ちて説得力がなくなった、「立ち入り禁止」の看板がある。扉の向こうには、石にできた亀裂のような細い山道が見えた。テルが5日前に見た光景と何ら変わっていない。

「ほら、返してくれ」

テルは光線銃を眺めている男たちに頼んだ。

(別にテルのじゃないだろ)

ジョージは目を細めた。
テルは光線銃で健在だった南京錠を焼き切り、扉を蹴り開けた。すると、山道からすきま風が吹いてくる。

「立ち入り禁止って言われちゃなぁ……」

テルはフェンスの向こうに足を踏み入れた。
酒場の店主をはじめ他の乗組員たちも、ニヤニヤしながらそれに続く。
ジョージはため息をつき、テルたちと共に山道へと入っていった。


山道は車が一台やっと通れるくらいの、狭いジャリ道だった。両脇の岩肌が頭上高くそびえているため、足元は薄暗い。空を見上げれば、汚れた雲が流れていた。先ほどのこともあり、一行は警戒して歩を進めた。

「なぁジョージ」

テルが隣で緊張してるジョージに訊いた。

「何?」

「お前、『ALLSTAR.』って知ってるか?」

唐突な質問にジョージは首をかしげた。

「A,L,L,S,T,A,R……オールスター?」

「そう。それか『星のマーク』でもいい。ほら、おれの背中に描かれてるやつ」

テルは背中をジョージに見せた。
曲がりくねるジャリ道をしばらく歩くと、険しかった頭上の絶壁が次第に低くなってきた。もうすぐ山道を抜けるようだ。

「知ってるも何も、俺が探してたマークだよ」

テルは唾を飲んだ。

「どういうことだ?」

「俺が元々、カーネルさんを訪ねてここまで来たって話はしたろ?故郷を発つ前、ある人に、そのマークを目印にカーネルさんを探せって言われたんだ。……マークについて詳しくは知らないけどね」

「ある人って?」

ジョージは困った顔をした。しばらくうつむき考え込む。

「父親…………かな?」

「なんでおれに訊くんだ」

その時、テルの前を歩いていた酒場の店主が急停止した。テルはその背中にぶつかり、思わずのけぞった。

酒場の店主は呆然と空を見上げていた。
他の者たちも足を止め、上を見る。

「なんだ……これ……」

テルは思わず呟いた。

向かう先に、ひとさおの旗が掲げられている。
カーネルが持っていた『星の旗』とは違い、オレンジ、赤、紫のトリコロールの生地に、中央の黄色い月を囲む六つの星が特徴的な『月の旗』だ。山道を吹き抜けるすきま風になびいている。

「何でこんなところに……」

テルは呟いた。何の旗か気になったが、それ以上に気になったのは旗やポールが異様に綺麗であることだった。ポールは全く錆びついておらず、旗の色あせや刺繍のほどけも見当たらない。

すると、ずっと先の方で仲間の一人が叫んだ。

「おい!全員来てくれ!!」

旗のある場所より先で、一人の男が手招きしている。男の背後には開けた場所が見えた。どうやら出口のようだ。
一同はそちらへ駆け出した。


山道を抜けるとそこは峡谷だった。目の前にはちょっとした足場があり、その両側に、道幅の狭い縁が伸びている。崖の下には広々とした場所が見え、ビルがいくつか立ち並んでいた。ビルにはいずれも、不自然な大穴が開いている。

テルは崖の下を見て絶句した。
他の者たちも生唾を飲む。
遅れてやってきたジョージがテルの横に並び、同じ仕草をする。

「……え……?」


崖の下には、巨大な轍が刻まれていた。
一行が乗ってきたキャタピラートラックすらも比較にならない大きさで、トラックを三台ほど横に並べれば、片方の轍にすっぽり入ってしまうのではないかというほど大きなものだ。

「なんだこりゃあ」

酒場の店主が青白い顔をした。
他の者たちも騒めく。
すると、ジョージが唐突に呟いた。

「……思い出した」

口元を抑えるジョージに、テルが尋ねる。

「何を?」

「さっきの『月の旗』だよ!……俺の故郷ではずっと言われてたんだ。昔、この大陸の覇権を巡る大きな戦争があったって。……そうか、ヴラジも多分……」

「……?……何の話だ?」

テルが訊いた。
ジョージはブルブルと首を横に振った。

「とにかく、早く街に戻った方がいい!決起で秩序が崩れたんだ。いつやつらが来るか……」

「だから何の話を––––––––––––」



テルの質問は、けたたましい騒音に阻まれてしまった。空気を切り裂くプロペラの音が、空に響き渡る。一同は空を見上げた。

気づけば、何機ものヘリコプターがテルたちの頭上を飛んでいた。
ヘリコプターは一行の上を素通りし、編隊を組んでどこへともなく向かう。

「なんだ……!?街の方へ行ったぞ!?」

酒場の店主が叫んだ。
テルの頬に一筋の汗が流れた。隣ではジョージが白い目をして震えている。

ヘリコプターの装甲には、先ほどの『月の旗』のマークが描かれていた。



~To be continued~

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