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(story.11)ヴラジの反乱<後編>

酒場の店主の息子 アンドレイ・アブラモヴィッチは必死に睡魔を押し殺し、ノートをとるフリをした。
幸いなことに窓ぎわ最後尾という最高の席にいたので、実際には板書を写していないことはバレない。

教室にはヴラジに暮らす同年代の子どもたちが20人ほど集まり、盛大にあくびをしながら退屈な授業に付き合っていた。

「このように、半世紀前に起こった大規模な戦争から免れる為、我々の先祖は西から大陸を横断し、この地にたどり着いたとされています」

先生は指示棒で黒板を叩き、熱心に教鞭を振るった。

「その頃はまだ放射能は検知されておらず、先祖たちは空の下で狩りや農業をして生活していました。しかし、やがてこの地にも汚染が広がることを知った先祖たちは、旧世紀に建てられたとされるこの要塞をドームで覆うことで、放射能から自分たちの身を守ったのです。これがドームの街 ヴラジの始まりです」

アンドレイはよだれをノートに垂らした。
意識が途絶えそうになるたび自分の頬に平手打ちをする。
頭の中で天使が「あなたは頑張ったわ、もう休んでいいのよ」と囁きかけるが、成績に傷がつくのはイヤなので、文句を言われない程度に話を聴く。

「こういった先祖たちの努力をむげにしないためにも、このヴラジには絶対に破ってはならない掟があります。皆わかっているとは思いますが、答えられる者は挙手しなさい」

誰も挙手せず、私語や睡眠を続ける。
先生はその反応を見てとったように「正解者には成績に50点追加っ!」と叫んだ。
教室中で一斉にハイッ!ハイッ!と手が挙がり、誰も彼もが我先に答えを叫ぶ。

「では一番最初に挙手したアリゲール君」

「はいッ!『絶対にドームの外へ出てはいけない』です!」

「ちぇっ……なんだよ」

当てられなかった子ども達が落胆する


「ていうか先生、何回同じ問題出すんだよ!
掟のことなんか皆知ってるし、それで50点も与えるっておかしいよ!」

クラスのガキ大将が不満を漏らした。

「大事なことだから皆が忘れないようにしているんですよ」

先生は名簿のアリゲールの欄に50点追加と書き込みながら言った。

「知っての通り、現在ドームの外は汚染により、生き物の住める環境ではなくなっています。空を覆う黒い雲と塵により太陽と月の光は遮断され、暗黒が広がっているだけです。そんなところへ行こうとする者がまた出ないためにも、皆には重々戒めておきたいのです。7年前の悲しい事件は知ってるでしょう?」

それを聞いたアンドレイの眠気が飛んだ。


「ち……違う……」


アンドレイは反射的につぶやいた。
クラスの視線が一挙にアンドレイに集まる。

「……どうかしましたかアンドレイ君?」

先生が言った。
アンドレイが何か非常識なことを言おうとしたのを察してか、数人の真面目な生徒たちが非難がましい目を向ける。
アンドレイはうつむいた。


7年前の決起は成功すべきだった!
事前にアリゲールの親が密告なんてしなければ、今頃僕たちは空の下で生活してたんだ!
僕のおじいちゃんはこの地に渡ってきた世代の生き残りで、市長たちがひた隠しにしてる秘密……外の世界の様子を知ってるから決起を起こしたんだ!
僕もおじいちゃんが地下牢に入れられる前に何度も聞いた!
外は汚染なんてされてない!!


……と言えたらスッキリするだろうなと、アンドレイは思った。口に出せない分、頭の中で叫んで不満を解消する。

 


(僕もおじいちゃんくらい度胸があったら……)


アンドレイは目を覚ました。
胸にヒヤッとした感覚が走り、すぐさま起き上がる。

(しまった……!寝ちゃったか!?)

しかし、アンドレイは自分がベッドに横になっていたことに気づいた。
塗装の剥げた本棚の上にある時計が、深夜1時を指している。周囲は教室から自分の部屋に変わっていた。

「夢……か……」

アンドレイはため息をつき、布団を蹴り上げキッチンに向かった。

貯水タンクから微量の水を絞り出し喉を潤す。
そして自室に戻ろうと寝室を横切った時、アンドレイは気づ
いた。

「母さん?」

寝室から両親が姿を消していた。



[最上階 裏路地]

テルとその周りにいる47人の戦士たちは、一斉に弾の飛んできた方へ銃を向けた。

 

恐怖が波打つように伝染し、武器を持たぬ者たちは悲鳴を上げて逃げ出した。

仲間のうち二人はアンナと同時に撃たれ、地面をのたうちまわっている。

 

アンナはぶるぶると体を痙攣させ、その場にうずくまっていた。
 


遠くに見える建物の上に複数の人影が見えた。それから両脇の建物上にも大勢の憲兵がいるのを見て、テルは自分たちが囲まれていることを知った。

「10……20……40…
…80……ざっと100人以上いるぞ⁉︎憲兵と衛兵は合わせても50人程度じゃないのか⁉︎」

金歯の男は叫んだ。

「どういうことだ!?」

テルはここまで誘導した富裕層の男の胸ぐらを掴んだ。

「どうもこうもこういうことさ」

男は無表情で言った。周囲を囲む憲兵と衛兵たち50人にまざり、富裕層の者たち約80人が屋根の上で銃を握っている。

「地上はクソみたいな所だよ。出てきた瞬間、デカい化け物に襲われて何十人も死ぬような地獄さ。この街も十分クソだが、また外に出るよりはマシだな」

「お前……!お前らが市長に全部バラしたのか!?」

「テル、お前も学習しないやつだな。地上で4日も暮らしてまだわからないのか?ここじゃ騙す方じゃなく、騙される方が悪いんだよ

 


「その通り!」

 

 

右の建物の上からストロガノフの勝ち誇った声が響いた。

「テル君、君には言ったはずですがね。
力のない君が有権者に逆らったらどうなるか。まだわかりませんか?」

「おれに『口だけ』だなんて言ったのはお前だストロガノフ!お前のアドバイスがあったから、
ここまで来れたんだ!隠れてないで出てこい!

テルは叫んだ。

ストロガノフは屋根の上で声を響かせているだけで、姿を見せてはいなかった。

「テル君、君は地上では生きていけない部類の人間だ。今後もこうして街のルールを乱すなら、いっそのことここで殺しますが……」

ストロガノフは大きく息を吸った。

「更生する気があるなら特別に見逃してあげてもよいでしょう」

テルは耳を疑った。他の者も同様だった。

「他の方々もです!本来反乱を起こした第三身分は即刻処刑ですが、ここまで来れたその度胸は買い
ます。特別に軽い処罰で済ませましょう。賢い者はすぐさま武器を置きなさい!」

反乱分子たちは互いに顔を見合わせた。


「……どうする少年?」

金歯の男がテルに囁いた。他の武装した奴隷たちも指示を待つようにテルを見ている。あわよくば助かりたそうな表情だ。

テルは爪を噛んだ。

(……倍以上の数の敵が四方から囲んでる。完全に袋のネズミ……)

テルはしばらく考えた。なぜストロガノフがそこまでしてくれるのかわからなかったが、とてもうまい話とは
思えなかった。

武器を置いちゃダメだ。やつらが本当におれたちを見逃すなんて保証はない」

テルはライフルのグリップを強く握った。


すると、誰かがテルの足首を掴んだ。
テルが視線を落とすと
、そこには渾身の力でテルの元に駆け寄ったアンナの姿があった。

「ダメ……!戦っちゃダメ!死んだら何にもならない……ここは一旦引いて!」

アンナは傷ついた脇腹を抑え、息を切らしながら言った。

「生きてればチャンスはある……死んだら自由も不自由もない場所へ行くだけ……!敵を喜ばせるだけ。そんな最後、らしくない!」

アンナはフッと笑いかけた。



「やつらが武器を置いたら
一気に蜂の巣にしなさい」

ストロガノフは隣の憲兵隊長に囁いた。
憲兵隊長は機械的にハイと応じる。


それを聞いた新米憲兵が尋ねた

「あの……市長、大変恐縮ですが彼らを救済しないのでしょうか?反乱分子は恐らく第三身分全員です。彼らを失えば、この街にとって大損害です。我々の『目標』も遠のいてしまうかと……」

ストロガノフはフーンと考えた。

「やつら
生かしておけば、今後この街に禍根を残すことになります。特にあのテルという少年、ここで始末しておいた方がいい」
 


やがてストロガノフはそっと手を挙げた。

それに応じ、130人もの部下たちがこっそりと、テルたちに銃を向ける。

「あなた方をこの街に入れたことは誤算でした。死をもって地上の恐ろしさを学びなさい」

ストロガノフが手を振り下ろした。
発砲音がドーム全体に反響した。


「……うわッ!?」

テルは反射的に顔を腕で守っ
た。しかし痛みはない。

驚いて辺りを見回すが、誰も負傷していない。建物の上に視線を向けると、130人あまりの敵たちに動揺が走っていた。
 


ストロガノフの左腕に7.62x54mm弾が直撃していた。
ストロガノフは数メートル吹き飛ばされ、危うく屋根から落ちかけた。



テルの目の前に人影が降り立った。

どこからともなく降り立ったその男の背中には「星のマーク」が描かれていた。

「すまない、待たせた」

カーネルはマントを翻し、テルに振り向いた。

「……親父!」

テルはわけもわからず呟いた。


狙撃されたストロガノフを、屋根の上にいる憲兵たちは呆然と眺めていた。
しばらくすると、ストロガノフがピクンと動いた。

「……何をしている」

ストロガノフは倒れたまま呟いた。

「衛兵隊!弾道を読んでスナイパーの位置を特定しろ!憲兵隊!裏路地の入り口であたふたしてる連中を人質にして、反乱分子を武装解除させろ!やつらの勢いにのまれるな!ここで負けたらどうなるか、お前たちは知らぬわけではあるまい!!」

憲兵と衛兵たちはギクッとした。

「ここで負けたら全てが水の泡だ……あと少し……あと少しでこのヴラジ
は……!」

ストロガノフがよくわからないことを呻いた。憲兵の一人が駆け寄り、市長が立ち上がるのを支える。


「くそッ……仕損じた!」

テルたちから500メートルほど離れた大きな建物の上で、ジョージは冷や汗をかいて立ち上がった。弾はあと一発あるが、衛兵隊が来る前に移動しなくてはならない。

(くそ、きっちり仕事はこなすって決めたのに……)

ジョージは自責しながら屋根伝いに走った。


ストロガノフは憲兵の肩を借りて立ち上がり
、あくまで落ち着き払った声で言った。

「誰かと思えばあなたですか。あなたはそれなりに賢い人だと思ってたんですが……」

ストロガノフはちらっとだけ顔を出した。

「なぜみすみすこんなところに乗り込んできたのかは謎ですが……よろしければそこにいる反抗的な連中を説得して下さい。僕としても無闇に民を減らすような真似は……」

「武装解除させれば助けてくれるのか?俺には今、お前さんがテルたちを撃とうとしたように見えたが」

カーネルの言葉に、ストロガノフは口ごもった。

「市長、お前さんの『騙される方が悪い』って考え、少なくとも地上では間違っちゃいない。みすみす富裕層を信じたテルたちが悪い。俺は一応止めたんだがな」

「……それで何です?もう何があろうと助かりませんよ。今の狙撃は間違いなくあなたの差し金……」

「助ける?」

カーネルは不思議そうに言った。

「何で俺がお前さんに助けを請わなきゃならない?お前さんはもう……」

ストロガノフは唖然とした。あることに気づき、周り
を見渡す。
憲兵、衛兵、富裕層たちも同様の仕草をする。



「負けているというのに」
 


500人あまりの人間が、ストロガノフたちを囲んでいた。

酒場の店主をはじめとする決起に参加しなかった市民たちに加え、弾がなくて地下で待機させていた反乱分子たちも混ざっている。全員が銃を握っており、建物上のストロガノフたちを睨みつけていた。
ストロガノフは見開いた目でカーネルを一瞥した。

「あなたが……扇動したんですか?」

「テルたちに気を取られすぎたな市長。武器庫がガラ空きだったぞ」

カーネルが言った。

「お前さんの独裁もここまでだ。大人しく降参するんだな」

しかし、ストロガノフはクックと笑い出した。
カーネルは目を細めた。

「なるほど……確かにこれはまずい。これではさすがに太刀打ちできませんね。……市民たちが味方につけば、ね?」

ストロガノフに睨まれ、市民たちはギクッとした。
酒場の店主は思わず目をそらす。
テルは舌打ちした。

「市民の諸君!騙されるな!この男は自分が外へ行きたいがために、諸君らを扇動し、利用し、この秩序立った世界を壊そうとしている!諸君らも外がどんな場所か、知らぬわけではあるまい!」

ストロガノフが叫んだ。

市民たちは自信なさげにキョドキョドしている。
自分は今、本当にここにいていいのか。
決まり通り朝まで自宅に篭っているべきではないのか。
そして明日も変わらない生活を続けるべきではないのか。

そんな考えが市民たちの頭によぎったが、カーネルの言葉に魅了されて
ここまで来てしまった。それでも、長年の洗脳により染み付いた外の世界へのイメージを、彼らは拭い切れていなかった。


カーネルはため息をついた。

「確かに彼らはよく知っているな。もうこんなドーム必要ないことくらい……」

「黙れ!!」

ストロガノフが叫んだ。
傷口に響いたのか軽くふらつくものの、市民たち全員に聞こえるような声で叫ぶ。

「そうやってあなた方は、ただただこの街に混乱を招いて……!このヴラジに暮らす市民たちは皆、毎日勤勉に、必死に働いているんです!その真面目に働く方々を、くだらない絵空事で誘惑するのがそんなに楽しいですか!?」

「絵空事で人
を騙してんのはどっちだ!お前たちの為に働くことを、本当に市民が望んでると思ってるのか!?」

テルが叫んだが、カーネルがそれを止めた。

「市長、つまり証明すればいいんだな?」

「……『証明』?」

ストロガノフは目を細めた。


するとカーネルは右手を挙げ、ドームの天井を指差した。
その場にいた全員が上を仰ぎ見る。


ドームの天井の中心に、チカチカと点滅する小さな赤い光が見えた。

ストロガノフはそっと視線を戻した。瞬時に最悪の未来を想像し、思わず苦笑する。

「……まさか……」

「俺たちの言うことが絵空事かどうか、今にわかる」

カーネルはニッと笑った。



[最上階 大通り]

アンドレイは夜警に見つからないよう、隠れながら暗い街を進んだ。
人気のない賭場や雑貨店は不気味で、早く両親を見つけて帰ろうと思った。

両親は家中どこを探しても見つからなかった。ということは屋外に出たということである。
こんな深夜に屋外に出たのがバレたらタダでは済まない。なんとか両親を連れ戻そうと思い立ち、アンドレイは家を出たのだった。
先ほどから遠くで言い争うような声がするが、夜警の憲兵だろうか。内容はよく聞こえない。

(もし母さんたちが見張りに捕まって怒られてたら……)

アンドレイはゾッとした。両親が第三身分に落とされるということは、自分自身も第三身分に落ちるということである。
労働施設に入れるのは15歳からなので、育ての親を失った子どもは生活手段がなくなり、奴隷になる他ないのだ。

しかしアンドレイは、それはそれでいいかもしれないと思った。

(落ちたら落ちただ!このまま普通に学校へ通って、普通に施設に勤めて、普通に死ぬまで街に尽くすなんて生き方をするくらいなら
、いっそ一矢報いて……)

アンドレイは、もし両親が夜警に捕まって抵抗しているようなら手を貸そうと思った。

(それに、第三身分になればおじいちゃんにも会えるしね)

アンドレイの脳裏には、幼い頃祖父に教わった外の世界の情景が浮かんでいた。
祖父のように抵抗し、街にいいようにされてはならないと思った。

自由は自分で掴むものだと思った。

 

そう思うとなんだか気が楽で、アンドレイは駆け出した。


ズ ド オ オ ォ ォ オ ォ ォ ォ ン


突如、凄まじい爆音が街全体に反響した。
アンドレイは驚いてその場にへたり込んだ。

「なんだ……!?」

アンドレイは上を見上げた。そして愕然とした。

ドームの天井が燃えている。

半世紀ものあいだ街を覆っていた天井がボロボロと崩れ去り、
木材や鉄板が火を纏って街中に降り注いだ。

「…………あ……」

アンドレイは目を見開いた。自分はまた夢を見ているのではないかと思った。口をキュッと結び、湧き上がる興奮と喜びを噛み締め、アンドレイはゆっくりと立ち上がる。

夜空に浮かぶ灰色の雲から、三日月が顔を出した。
月光が街に降り注ぎ、空を駆ける数羽の鳥を照らし出す。

そこには、50年近く閉ざされていた空がどこまでも広がっていた。



~To be continued~

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