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(story.10)ヴラジの反乱<前編>

〝2195年1月6日 夜 地下牢

つくづくネタ帳を常備しておいてよかったと思う。日記を含めた荷物は全て、第二身分の宿舎
にある。なので、今日の日記はここへ書くことにする。

明日は決戦の日だ。明日と言っても日付が変わるまであと数分しかないけど〟


「早く空が見てぇなぁ……いっそあのドームごと壊してやろうか」


〝などと危ないことを言ってるのは、昨日知り合ったテルというやつだ。
先に知り合った彼の親父さんから色々話は聞いていたけど、街一番の権力者にウォッカをひっかけるなんて正気じゃない。いや、俺も同じことやらかしたわけだけど。一回寝たらとんでもないことだと自覚した。おかげで地下牢に入れられて鉄のベッドで寝る羽目になったよ。
まぁなんにせよ、この暴挙のおかげで第三身分のみんなが団結できたと言える。
戦いの準備は整った。
そして俺も、この戦いに参加するわけだから死ぬかもしれない。
だから万が一に備え、遺言を書いておこうと思う。


エマへ

約束は守れなかった。でも、最初から守る気もなかったんだ。
俺は国には帰らない。過酷な海外で生きて、力を手にして自由になる。それが俺の目標だった。だからあの、閉塞的で過保護で、人をダメにする国には帰れない。

都合よくこの日記が拾われ、都合よく母国に運ばれ、都合よくエマの手に渡ることを期待しこの遺言を記す〟


ジョージは鉛筆を止めた。

すぐさま最後の一文を消す。

(いかん、なにも死ぬと決まったわけじゃない。ここからやり直すんじゃないか)

再び鉛筆を握り、締めの言葉を綴る。

〝……なんて遺言じみたことを書いたわけだけど、俺はまだ死なない。どうせならこの戦いで手柄を立て、今後行動を共にするカーネルさんたちから一目置かれてやるさ。
俺だって、戦闘方面がめっきりダメなわけじゃない。一応特技はある。
それを披露することになったら義母さん、あなたがよく言ってた、「学校の勉強はやっておかないと後々後悔するわよ!………多分」ってセリフ、正しかったと認めるよ〟


ジョージはネタ帳をパタンと閉じた。

すると、地下牢のスピーカーからストロガノフの声が流れた。

《市民の諸君〜〜?最終警告ですよ〜〜?早く寝てくださ〜〜い。僕も人間ですからいい加減怒りますよ〜〜?》

ブツンという大きな音と共に放送は途絶えた。ストロガノフが思い切り受話器を置いたらしい。

「フン、何が人間だ。鬼畜め」

「お前の支配も今日までさ」

周囲の奴隷たちが冗談めかすように言った。しかし、
その顔は緊張でこわばっていた。今の放送は決起の始まりを告げる鐘でもあったからだ


地下牢の扉の向こうで、監視を命じられた憲兵たちが階段を上っていく音が聞こえた。
テルは立ち上がり、隠し持っていたキーリングで自分の牢の錠を解いた。
周囲の奴隷たちも、顔を引き締め一斉に立ち上がった。


「最後に作戦を確認する」

奴隷たちは牢を出てテルの周りに集まり、作戦説明に耳を傾けた。
作戦は奴隷たちから聞いた7年前の決起の反省点を活かし、昼のうちにカーネルがテルたちと密会して練ったものだ。

 

「7年前の決起は、武器庫を襲わず500人という人数に頼んで人海戦術を仕掛けたのがそもそもの敗因だ。だから今回は、まず武器を手にすることから始めようと思う」

「だが
武器庫は常に大勢の憲兵に監視されとる。だから7年前は襲えなかったんじゃぞ?」

ヤギ髭の老人が口を挟んだ。
テルはニッと笑った。

「武器があるのは武器庫だけじゃない」

作戦は簡単だった。

①第二身分の労働施設に忍び込み、そこで第二身分の味方と合流する。その後、施設にある使用可能な武器を奪えるだけ奪う。

②奪った武器で一気に上階へ攻め込み、そのまま夜警にあたっているわずかな憲兵を始末。市長と非番の憲兵、衛兵の寝首をかく。

③敵を武装解除させたのち完全に降伏させ、地下牢に入れる。

を聞いた金歯の男はニィと並びのいい歯を見せた。

「圧政の象徴である労働施設を逆に利用するってか。悪くない」



[第二身分用宿泊所]

アンナはすたすたと廊下を駆けていた。
宿泊所内にある使われていない倉庫部屋の前までたどり着き、ノックする。

「カーネルさん、準備整ったよ。みんないつでもいけるって!」

アンナは音を立てないように扉を閉め、ホコリの舞う倉庫に入った。
カーネルは「あぁ」と一言、手を止めずに言った。倉庫の奥で何やらいじっている。
アンナは気になってカーネルの手元を覗き込んだ。

「なにそれ?」

アンナは興味深そうに尋ねた。
カーネルの横にはダッフルバッグが置かれていた。中には例の星の旗が見える。その側には何かのパーツが詰まったアタッシュケースが置かれていた。

 

「もしかして武器か何か?」

「まぁそんなところだ。『秘密兵器』ってやつだな」

カーネルはニッとアンナに微笑んだ。

(似てるなぁ……こういうとこ。なんか企んでる時の顔だ)

アンナはカーネルとテルの顔を重ねた。

「まぁそれはそうと、これ武器なんですよね?取り上げられなかったんですか?」

街へ入る際、武器は全て「治安維持の為」と市長に取り上げられてしまった。
今にして思えば反乱を防ぐために他ならないのだが、ケース内のパーツに限ってはまさか武器だとは思われなかったらしく、検閲の網を潜り抜けたのだ。

アンナが納得していると、
部屋の扉が勢いよく開けられた。
 

「ゴランとイリーナか。入る時はノックぐらいしなさい」


カーネルは落ち着き払って言った。
ゴランは息を切らしながら、そっと扉を閉めた。

イリーナは腕に、地上に出た直後に戦った双頭の怪物の子どもを抱いていた。
親を殺した挙句、その場に放置していくのは可哀想だとイリーナが無理を言って連れてきたのだ。

怪物の子どもはラビと名付けられ、今では親代わりになったイリーナの腕に抱かれて眠っている。

 

「どうした?」

息を弾ませるゴランに、カーネルが尋ねた。

「カーネルさん……まずいことになったよ」



[AM:0:20]

地下牢と上階を繋ぐ階段を、テルと300人の奴隷たちはこっそりと駆け上がった。
当然ながら人気は一切なく、ひんやりとした空気が漂っている。
すぐに上階の労働施設に着いた。ゆっくりと扉を開く。

「テル……!」

アンナの小さな声が飛んできた。

施設内には既に地下の民120人
が集まっていた。
テルは辺りを見回した。

「少なくないか?保守派の連中はどうした?」

アンナは視線を落とした。

「他の
富裕層の人たちなら、直前になって参加しないって言い出したの。『お前らだけで勝手にやれ』ってね」

テルは歯ぎしりした。彼らの考えは察し
がついた。

「大方、
決起が成功したら一緒に自由になって、失敗したら『自分たちは関係ありません』とでも言い張るつもりなんだろう。富裕層の連中の考えそうなことだ」

「それ言われると私もキツいかなぁ……


アンナは頬を掻いた。

 

「で、どうする?この人数でやる?


アンナに訊かれ、テルは爪を噛んだ。
 


問題は人数不足以外にもあった。施設に修理のため置かれている武器には弾が込められていないのだ。

全員で探し回った結果部屋の隅に弾薬庫を見つけたが、入っていたのはほんのわずかな弾だった。

(考えてみりゃそうか。ここに弾置いてたら労働者に奪われるもんな)

 

テルは思った。


弾は全員に一、二発ずつ均等に配っても意味がないので、最も戦力になりそうな者たちに集中して与えられた。なぜか半端なことに2発だけ見つかった7.62x54mm弾は、狙撃銃を手にしたジョージに渡された。

結果、実質的な戦力は50人ほどになってしまった。
これは、ストロガノフ率いる憲兵隊と衛兵隊を足した人数と同じだ。

「クソ、こんな時に親父はどこにいるんだ?」

テルは弾倉をアサルトライフルに込めながら言った。

 


その時、労働施設の扉がゆっくりと開いた。弾を託された50人が一斉に銃を向ける。


緊張した空気が漂う中、扉をくぐってきたのは、三人の富裕層の大人たちだった。

「誰だ?大人しく手を……」

「お前らこそ銃を下ろせ!!味方だ!」

引き金に指をかけた金歯の男を、富裕層の一人が制した。

「味方?富裕層は決起に参加しないんじゃ?


アンナが訊い
た。
富裕層の三人は口々に言った。

「気が変わったのさ。この街にいちゃ地下を出た甲斐がないからな。富裕層の皆で話し合った結果、今回
は戦わないとなってことになった」

「貧困層だけじゃ頼りない。特別に俺たちが手を貸してやろうってわけだ」

「俺たち以外の連中は上で待機してるよ」

それを聞いた一同は沸き立った。困窮していた空気が、少しではあるが熱を帯び始めた。

「待て」

テルが疑惑に満ちた目で三人を睨んだ。

「あんたらが味方だって保証がどこにある?既に市長側に寝返ってる可能性だってある」

三人は目を丸くして、互いに顔を向けあった。
テルは続けた。

「忘れないぞ。あんたらは地下にいた時、おれたちのことをかえりみず特権階級にしがみついて管理者に尻尾振ってたような連中だ。信用ならないな」

「テル、ちょっと言い過ぎじゃ……」

ジョージはこれ以上味方を減らすのはまずいとテルを止めたが、背後では貧困層の面々が富裕層の三人に目を細めていた。アンナはまた頬を掻いていた。

三人は焦って手を振った。

「いやいや
待ってくれ本当だって!」

「俺ら
だってこの街にはうんざりしてるんだ。地下で楽てた分、お前たちより余計にな」

「確かにお前ら貧困層とは昔から考え方が合わなかったが、一緒に地上に出てしまった以上、俺たちはもう運命共同体だ。違うか
?」

貧困層の者たちは互いに顔を見合わせた。

 

 

すると富裕層の三人の背後で再び扉が開かれた。
武装した反乱分子たちは扉に銃を向けたが、テルがそれを制した。



「大丈夫、親父だ」
 


カーネルは扉を開け扉の枠をくぐった。手にはアタッシュケースを携えている。
その巨体を見た貧困層の者たちに、安堵の色が広がった。

 

カーネルは富裕層の三人とのすれ違いざまに、肩をポンと叩いた。

「よく決心してくれた、信頼している」

三人は顔を見合わせた。
テルはそんな簡単に信用していいのかと思ったが、カーネルの言うことならとひとま
ず納得した。
 

「これからの流れだけ手っ取り早く話す。まず武器を持っている者は、最上階にいる富裕層の連中と合流するんだ。その際用心を怠るな。上の様子が変だ」

 

カーネルは皆に向かって言った。
アンナは首を捻った。

「様子……?」

「行けばすぐにわかる。とにかく先遣隊は気をつけろ。それから……」

カーネルはジョージの方を見た。

「ジョージ、お前は俺と来い。やってもらいたいことがある」

ジョージは目を見開いた。無意識にカーネルの言葉の意味を探る。気がつけば、手にした狙撃銃を強く握っていた。

「俺はまた別行動になるが
、子どもはなるべく先遣隊には加わるなよ。富裕層の気まぐれといい、予定が狂い始めている。安全が確認できるまでここで待機してるんだ」

カーネルはそう言って、ジョージを連れて行った。

「『なるべく』……か」

カーネルとのすれ違いざま、テルは呟いた。


「今回は止めないのか、親父?」

カーネルはゴワゴワした髪を掻き、テルに視線を向けた。

「……はっきり言えばお前もここに残ってほしい。前に言った通り、お前は替えがきかないからな」

〝テル、お前自身には自覚がないだろうが、お前は人類にとって重要な存在なんだ〟

テルは地下を出る際、カーネルに言われた意味深なセリフを思い出した。
カーネルは続けた。

「だが考え方が変わった。地下での戦いでよくわかった。お前は安全なところに置いても成長しない。むしろ危険な目に遭わせた方がいい。お前に死なれるのは困るが、ガキのままでいられるのはもっと困る」

テルは目を丸くした。頭が硬く安全を第一としていたカーネルとは思えない言葉だった。


「だから今回あえて止めはしない。本当に自分に実力があると思うなら戦え」

カーネルはそう言ってテルの頭にポンと手を置き、労働施設を去った。
テルはニッと笑い、ライフルを握りしめた。


(……こんな親子関係があるのか)

ジョージはカーネルを追いながら、内心驚いていた。
子どもをあえて危険な目に遭わせるなど、普通の親なら恐くてできない。目の前の男はいい親なんだなと思った。そして同時に、そんな親を持つテルが羨ましく思った。


カーネルとジョージが去った後、残された者たちは
最上階へと続く階段を上った。

富裕層の三人を先頭にし、その背後にテルがつく。

「一応信用はしたからな」

 

と言いつつ、テルは三人のうち一人に銃を突きつけた。


「けど、裏切ったら容赦しない」

他二人にも別の者が同様の処置をとる。

「テル、その役代わろうか?そんなのに弾使うのもったいないでしょ」

背後からアンナが言った。
その後ろにはテルのクラスメートたちがいた。

「お前らは来なくてもよかったんだぞ?」

「あら、親父さんは『武器を持っている者は最上階に上がって富裕層と合流しろ』って言ったのよ?」

アンナは労働施設から持ってきた工具を高らかに掲げ
た。


「あのなアンナ、そりゃ武器じゃなくスパナって言うんだ

「お前ら静かにしろ!着いたぞ」

金歯の男が大声で
注意した。最上階に着いたようだ。




階段を上りきると、酒場や賭場などが目に入るフロアに出た。テルたちが街に入って最初に見た光景だ。頭上高くを覆う粗末なドームの隙間からは夜風が冷たく吹き込んでいた。

「なんか静かすぎない?」

アンナは恐る恐るつぶやいた。
テルも同様のことを感じた。

(……親父が言ってた、様子が変ってのはこれのことか?)

就寝時間を過ぎているので静かなのは当然なのだが、夜警の憲兵の話し声はもちろん、人の気配が全くしないのだ。特に最上階と下二階を繋ぐこの階段の入り口には本来大勢の兵が配置されているはずなのだが、今日は誰もいない。

「とにかく、一刻も早く富裕層ってのと合流しよう。そいつらはどこにいるんだ?」

金歯の男は尋ねた。
富裕層の三人は、
裏路地に続く道を指差した。

(もうすぐだ……もうすぐ自由になれる)

テルは武者震いした。


一同は富裕層の三人に連れられ、暗い裏路地を歩いた。

相変わらず人気がなかったが、警戒は解かれなかった。


しばらく歩くと、富裕層の男がテルに訊いた

「なぁお前、名前は?」

「……テル」

「そうかテルか……お前には世話になったな」

「?」

 

テルは訝しげな顔をした。

「どうやったのかは知らないが、地下で直属護衛団を倒したのはお前だと聞く。地上への脱出に貢献したわけだ。俺たち富裕層だって、口に出せなかっただけで地上に興味はあったさ」

男はしみじみと言った。
テルは、富裕層の突然の告白に驚いた。

「だからお前には、最後に感謝しておかないとな」

「最後?」

テルは眉をひそめた。
男は唇を曲げた。

「あぁ、ありがとよ。こんな……『地獄』へ連れて来てくれて」

男は勝ち誇ったような声と、憎しみに満ちた目をテルに向けた。


テルの頬を銃弾がかすめた。



直後、テルの背後で聞きなれた声が短い悲鳴となって響いた。
テルは反射的に振り向いた。

視線の先にいたのは、スパナを取り落とし青白い顔をしたアンナだった。

何が起きたのか理解していないのか、呆然としながら両手で脇腹を抑えている。
やがて、指と指の間から血が滴り始めた。

 

アンナはその場に膝をついた。



~To be continued~

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