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(story.1)革命

おれは星を見ていた。
青く澄んだ夜空に光る星だ。

空には、巨大なエンピツのようなものが飛び交っていた。それ
は後部から火を噴き、空に軌跡を残していく。

あれは何だろうと不思議そうに空を見上げていると、白衣の女が駆け寄ってきた。
白衣の胸のポケットには『星のマーク』が描かれている。5つの小さな星が、大きな黒い星を囲むように描かれたものだ。

女はまだ小さかったおれを強引に抱きかかえると、近くのコンクリートの建物へ走り、滑り込んだ。

その時、東の空で何かが光った。

凄まじく強烈な光だ。一瞬朝になったかと思うほど空が明るくなったのだ。
風が光の方へと吹いた。すると、遠くに見える街や森などありとあらゆるものが、押しよせる光の波に飲み込まれていった。

女は必死に扉を閉めた。
やがて轟音が鳴り響き、暗
闇が訪れた。



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目覚まし時計に叩き起こされたのは、午前7時ちょうどだった。朝がきてしまったのだ。

テル・アーウィングは二度寝したくなる誘惑を必死に抑え、ベッドを這い出た。洗面所に向かって顔を洗い、フサフサした黒髪をとかす。今日は一段と寝癖が酷い。きっとあの夢のせいで何度も寝返りをうったのだろう。

(またあの夢か……


テルはたまに奇妙な夢をみる。そしてその夢から覚めるたび、謎の頭痛に襲われた。

テルは、毎朝飲むよう父に義務付けられている薬を飲んだ。薬を飲むと痛み
が引いた。
安心してい
ると、背後から頭を叩かれた。


「馬鹿野郎、家出る時間まであと4分じゃねぇか。タイマーギリギリにセットするなと言ったろうが」

テルの父は呆れ顔で言った。

父はゴワゴワした黒髪に190cmはあろう長身で、首には丸いペンダントと鍵をぶら下げている。
テルはあまり父親似ではなかった。多分母親似なのだろうと思っていたが、母に会ったことはなかった。

「あと数ヶ月
で大人になるんだろ?しっかりしろ」

「おれは1分1秒でも長く寝たいんだよ。学校のために寝る
時間削るなんてやなこった」

テルは頭を抑えながら言った。


なんだかんだ文句を言いつつ家を出る。
家を出て最初に目に飛び込んでくるのは、グレーの壁だ。

頭上1mには天井。玄関を出てすぐ左右に通路が伸びており、ずっと先の方で分岐している。天井には無数のパイプが絡まり合い、常時換気扇の音が聞こえた
。毎日見ている光景だが、いまだ閉塞感を覚えた。

全長600m、総人口300人程度
の地下施設。「イワーノフグラード(IG)」がテルたち人間の世界のすべてだ。

IGは「管理層」「富裕層」「貧困層」の三つの階層から成る。
テルが今いるのは、最も地下深くにある「貧困層」の居住区だ。


テルは富裕層にある学校へ行く為、富裕層と貧困層を繋ぐ大階段のある中央区に向かった。
中央区は貧困層の全区画の中で最も広い。ちょうどこの時間から賑わい始める。
貧困層と富裕層は仲が悪く、今日も富裕層から来た労働監督と、
貧困層の労働者が言い争っていた。
いつもと変わらぬ平和な光景だった。


学校に着き、教室に入る。周りの生徒たちは皆こぎれいな服を着ていた。学校に通う者のほとんどは富裕層の子どもだからだ。

「みなさんおはよう」

先生が入ってきて挨拶した。
しかし誰も返事をしない。皆、席に着いて
はいるが好き勝手に喋っている。
その有様を見て、先生は唇を釣り上げた。

「今日はみなさんに重要なお知らせがあります。知っての通り、
みなさんは今年17歳になりますが、そうなればこのIGで成人として認められます」

誰も話を聞いていない、それどころか一層おしゃべりが酷くなった。
先生は慣れた口調で続けた。

「しかし諸君はまだ、自分たちが大人の一歩手前まで来ていることへの実感がないようです。無理もない、親に保護された環境で世の厳しさを知れという方が無茶ですから。ですがあなた方は自覚しなくてはいけない。自分はもう大人になると。そこで……」

先生は一呼吸おいて言った。

「イワーノフ管理主任がここへお越しになり、君たちを激励して下さることになった‼︎」

騒がしかった教室が、一瞬で静まり返った。
ある者は硬直し、ある者は周りを見渡しながらこっそりとゲームを引き出しにしまう。
生徒全員が不自然なほど姿勢よくしていた。

管理者 セルゲイ・
イワーノフはIGにおいての最高権力者であり、存在そのものが「法」と言っても差し支えない人物だ。
 

成人した者の職業は管理者が決める。本人に選択の自由はない。それゆえロクでもない職に飛ばされないよう、皆、管理者の前では汚点を見せまいとするのだ。

いつも通りゆったりと、ラクな姿勢をしているテルを除いて。

「先生ッ!か……管理者様は、いつ頃お……お見えになるのでございましょうか?」

生徒の一人が
うわずった声で訊いた
先生は微笑んだ。

「安心なさい。明日です」

「「「ハァ〜……なんだよ……」」」

一斉のため息とともに、クラスメイト全員の姿勢が雪崩の様に崩れた。


その後、学校は管理者来校の話題で持ちきりだった。

「ねぇイワン、なんで突然管理者が来ることになったんだろう。変だと思わない?」

 

クラスメイトのアンナが訊いた。

イワンは鉄の椅子にもたれかかり、どこか嘲るように答えた。

「決まってんだろ。最近貧困層で問題になってる『例の連中』だよ。俺らがあいつらに感化されないよう、管理者自ら演説に回ってんだ」

 

すると、同級生たちが口を挟んだ

「あぁ……あの変人の集まりか。あいつら風に言えば『革新派』だっけ?地上に行きたい〜とか言ってる」

「ガキかよ。俺たちの誰がそんな迷信真に受けるんだよ。管理者様
神経質だな」

 

イワンは首を鳴らし、ニヤッと笑った。

「いやまぁ……現に一人いるけどね?信じてるヤツ。ハッハッハッハ」



IGが「地下施設」と言っても、ここで暮らす人々は、自分たちが地下にいるとは思っていない。このIGが世界の全てであり、「地上」などあくまでも都市伝説だと幼い頃から教わる。



「でも革新派って、日に日に貧困層取り込んで肥大化してるんでしょ?実はもう、結構な人数がいたりして」

「貧困層は労働がキツイからな……迷信でもいいから夢が欲しいんだろ」

「アホらしい。『地上』なんてもんが本当にあるとして、一体そこに何があるんだ?」


「自由」


テルはニッと笑った。

「おっ、どうかしたかテル?」

イワンが魚が食いついたような顔で訊い
た。

 

「イワン、おれに言いたいことがあるならな、面と向かってハッキリ言え。地上に何があるか?そんなの、お前はご存知じゃないのか?」

イワンは少しムッとした。

「いや、知らないな……」

周りの
者は皆、二人の会話に耳を傾けている
テルは椅子から立ち上がった。

「火を噴く山、無尽蔵の塩水、食べ物のなる木々、青い空。『地上伝説』に登場する場所は実在するものだ。見てみたいと思わないか?それとも一生この地下で暮らす方がいいか?」

軽い笑いが起こった。男子は鼻で笑い、女子たちはクスクスと顔を見合わせている。
予想通りの反応だったので、テルは特に腹も
立てず、一緒に笑っていた。

すると、教室の戸が勢いよく開いた。

「だからその『地上』ってものが存在しないと言ってるじゃないですか。いつまでも子どもみたいなこと言ってないで、ちゃんと授業聞いてなきゃだめですよ?」

先生がここぞとばかりに教室に入ってきた。先生は熱心な管理者の支持者で、趣味はテルのような異端者を卑下することだ。

すると、周りの生徒たちが何かを期待するようにテルを見た。

「アーウィング君、いい加減、夢物語じゃなくて現実を見なさい」

「現実を見るべきなのは先生、あんたの方だ」

テルは躊躇なく言った。
先生は「は……?」と素っ頓狂な声を上げる

テルは続けた。

「先生、おれたちはなんでこんな場所にいると思う?歴史で習うとおり、人間はずっと昔からこの狭い地下で暮してきたのか?ありえないな。不自然な点が多過ぎる」

生徒たちは息を呑み、先生は眉をひそめた。

「大きくなるとサンタの正体に気づくのと同じで、ちょっと考えりゃ誰にだってわかる。『人間は昔地上で暮らしていた。だが何らかの理由で、地下生活を余儀無くされた』と」

「いや、だから……––––––––」

先生は割って入ろうとしたが、テルは間髪入れずに続けた。

「普通ならここを出て地上の様子を確かめようとするはずだ。だが現状の生活に満足してる富裕層からしてみれば、貧困層が消えて労働力が失われるのは面白くない」

イワンはジッとテルを見つめていた。

「だから富裕層の先祖達は『地上が存在しない』なんて都合のいい教えを広め、貧困層を地下に押し留めた。その結果が、圧政によって苦しめられた貧困層から『革命』の兆しさえ見え
る今のIGと、都合のいい教育によって洗脳された、おれたち子どもだ」

先生の顔が歪んだ。
テルはその場にいる全員に問いかけた。

「だから本当はみんな気づいてるんだろ?地上の存在に。気づいてて
行ってみたいけど、管理者に逆らったところでどうしようもないから、従ってるしかない。そうだろ?」

全員が押し黙った。しかし、子どもたちはどこか満足気でもあった。
一方先生は眉間にシワを寄せ、小刻みに震えていた。

「だから何だというのかね……?君がそうやって抵抗したところで、何かが変わるわけでもあるまい」

「どうだろうか」

「変わらないさ。 我々はここで生まれ、そして
死ぬ。これまでも、そしてこれからも。そうだろう?みんな!?」

先生は周りに賛同を求めた。
しかし誰もしゃべらなかった。それどころか批判的な視線を送る者さえいた。
先生は気まずそうにうなだれた。



テルは帰路、あの後イワンに言われたことを思い出していた。

〝口だけなら何とでも言える。偉そうなこと言ったからには革命でも起こしてみせろ〟

「暴動」ではなく「革命」という言葉を使ったのは、イワンなりの激励のつもりだろう。
なんだかんだ言いつつ、イワンも地上に憧れる若者の一人なのだ。

テルは背後を振り返った。
そこは富裕層の中心にある広場で、テルは貧困層へと続く大階段の前に立っている。
頭上には円形の天井があり、存在するであろう「空」を覆い隠していた。


「おれは必ず自由になる」


大階段を降りながら、テルは
心に誓った。



~To be continued~

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