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その日、俺のバイト先は物々しい雰囲気だった。普段なら三、四人程度が勤務するコンビニに十人もの店員が詰めかけ、「ヤツ」が現れるのをジッと待っている。
レジ番の俺には店内全体が見通せた。誰も彼もが勘弁してくれと言いたげだ。俺の隣の店長以外が。

 

「チッ……チッ……」


俺の隣ではクソが延々と舌打ちをしている。いっつもイライラしてんなこいつ。現れる時間明かされてんだから事務所で待ってりゃいいのに。

 

「チッ……まだか!本当に来るんだろうな⁉︎」

 

俺に怒鳴られても困る。しかし、いい気味だ。怪盗コパンは盗むといったら必ず盗む。俺は一端のバイトだからどんだけ店が損害被ろうが困らないし、せいぜい店長を苦しめてくれ。

事が起きたのは昨日の夜だった。店に一通の手紙が届いたのだ。
送り主は最近巷を騒がせている「怪盗コパン」。コンビニのおにぎりとか、スーパーのガムとか、しょうもない物ばかり盗る小物だが、盗みの成功率は100%。習慣として、事前に挑戦状を送りつけるにも関わらずだ。
その挑戦状が昨晩、売上が伸び悩んでいるウチに届いたのだ。挑戦状にはこう記されていた。

〝 親愛なるコンビニへ。
  明日の午後二時、白いパーカーを着て参上する。お宝はいただいた。

                             Copán  〟

見ての通り、挑戦状には現れる日時とどんな服装で来るかが記されていたが、何を盗むかまでは明かされなかった。
その日も、バイトの粗を探しては事務所に呼び出すという、お気に入りのストレス発散に勤しんでいた店長は青ざめ、急遽休みだった店員たちを呼び出
した。

そして今日に至る。時間は午後二時ジャスト、ヤツが現れる時間だ。

 

「チッ……まだか!手間取らせやがって」

 

クソは鼻息を荒くしつつ眉間にシワを寄せた。何だかんだあんたも楽しそうだな。

 


三分ほど待つと店の扉が開いた。店員全員が機械的な挨拶で迎え入れる。パーカーの男を。

 

(来た……ッ!)

 

全員がそう思った。挑戦状通りの時間に挑戦状通りのパーカーが来たのだ。
そいつは俺と同じくらいの背丈で、高校生くらいに見えた。こんなクソ暑い真夏日にパーカー着るやついないし、こいつコパン確定じゃん。誰もがそう思った。しかし、クソ含め誰も動かない。否、動けないのだ。
いくら疑いの余地が強いとはいえ、パーカー男はまだ何もしていない。無罪の男を無理やり事務所へ引きずり込むわけにもいかず、全員が敵の動向を伺う。

すると、クソが動いた。商品のフェイスアップを行うフリをしつつ、店内を物色するパーカー男の背後につく。

 

「あっ……」

 

その時、パーカー男が食品棚に手を伸ばした。狙うはシャケおにぎり。クソは息を殺し、パーカー男に忍び寄る。

 

「……なんか用すか?」

 

パーカー男が背後のクソに問いかけた。フードの影に黒い瞳が光る。
クソは咄嗟に目をそらした。

その刹那、パーカー男はポケットに突っ込んでいた左手を出し、目にも止まらぬ速さで食品棚を掻き回した。そして、意表を突かれたクソが目線を戻す頃には、パーカー男は
左手をポケットに忍ばせていた。

 

(しまったァ……ッ‼︎)

 

クソは屈辱に顔を歪ませた。
パーカー男は鼻歌まじりに、軽い足取りでレジに近づいてくる。

 

「コンビニ欺く揺るぎない正義♫」

 

などと小声で歌っている。もうこいつ正体隠す気ないじゃん。
クソは取り出したチェック表を一心不乱にめくり、おにぎりの残数を数えている。なりふり構っている暇はない、このままだと敵を取り逃がしてしまう。

 

「あ、すいません万札しかないんすけど……」

 

パーカー男はレジに来るやいなや、こちらが何を言うまでもなく金を払った。
俺も一万円を受け取ると、そそくさと小銭と九枚の札、袋に詰めたシャケおにぎりを渡した。
パーカー男はそのまま出入り口へ直行する。

 

(まだだ!盗品を服に忍ばせているならセンサーが反応するはず!)

 

クソは歯ぎしりしながらパーカー男を睨んだ。全員が固唾を飲んで、出入り口を見つめた。

 

(センサーが……)

 

反応しない。ただ虚しく、コンビニ特有の入退室の音が流れるだけだ。

 


「うわァアあぁァアあぁあぁぁあアァァアァァぁぁアぁァァあぁぁぁあアァああぁぁぁ!!!!」

 


店内にクソの慟哭が響き渡る。
俺は「ありゃしゃしたー」と腑抜けたマニュアルセリフを吐きつつ、安心して胸を撫で下ろす。そして、床に泣き崩れているクソに歩み寄った。

 

「ク……店長?」

 

「アぁ?」

 

いかん、危うく口に出しかけた。俺は店長、ではなくクソの肩を叩き、そっと囁いた。

 

「まだ終わったとは限りませんよ。今回はフェイントなのかも」

 

「フェイント……?」

 

「はい。センサーに引っかからなかったということは、何も盗んでいないということです。今回はあえて何も盗まず、こちらを安心させ、しばらくしたらまた来る気なのかも」

 

クソは剃り残した顎髭をこすり、思慮深げに目を細めた。「なるほど」と妙に納得し、何もなかったかのように立ち上がる。

 

「よし、まだ終わっちゃいない。俺たちの戦いはこれからだ!」

 

精悍な顔つきで、打ち切り漫画の主人公のようなセリフを吐く。いやまでさっき泣き叫んでたやつにカッコつけられても。
他の店員たちは、「戦わなくていいから早く帰らせてくれよ……」と意気消沈している。
俺はそんな店員たちに恨めしい目を向けられつつ、レジに戻った。
クソは事務所に引き返していった。



しかし、その後コパンが現れることはなかった。何時間待てども来るのは一般客だけで、とうとうシフト交代の時間を迎えた。
着替えを済ませてコンビニを出た俺は、公園
に自転車を走らせた。日没後だというのに蒸し暑く、公園には人っ子ひとりいなかった。

 

「おい!来たぞ!どこいった⁉︎」

 

俺は叫んだ。すると、公園の隅の木陰から人影が現れた。

 

「大声出すなよ。見つかるとヤバいだろ」

 

コパンは白パーカーのポケットに両手を突っ込み、悠々と歩いてきた。

 

「ほらよ、オメーの取り分」

 

コパンはポケットから一万円札を出し、俺に手渡した。俺は目を細めた。

 

「五百六十円多いぞ。報酬は五分五分じゃないのか?」

 

「オメー、釣り銭に万札刷り込ませるのヘタすぎんだよ。それは頑張った賞ってことで、受け取っとけ」

 

コパンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「しょうがないだろ、レジ側やるの初めてだったんだから。お前こそ店内で余裕こきすぎなんだよ。俺だったらもっと自然にやるね」

 

俺も負けじと言った。
クソが、売上とレジの金の計算が合わないことに気づくのはまだ先だろう。早いとこバックれて新しいバイト先を見つけよう。そう思った。

 


〜終〜

Y  presents

Copán

コパン

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